SOC研修を受けても、高まった実感がない…のはなぜ?

河合:今先生のお話を聞いていて思ったんですが、SOC理論を提唱したアントノフスキー博士は、ストレス対処に正解はないと言っているんですよね。つまり、ストレスの「雨」に対峙するのに使ってはいけない「傘」はない、と。

 例えば心理学では、他者の傘を借りることは「依存する自己」としてネガティブに解釈されたり、「逃げる」という対処もタブー視されます。でも、実際には逃げるが勝ちということがある。

松崎:それを実証的に確かめるのが、まさしく宇宙空間です。僕たちは論理性と情緒性のバランスと呼んでいるんですが、賢く耐えることが肝心です。宇宙にいるとNASAのマニュアルにない想定外のことが起こる。そういうときってすごく非科学的で、情緒的に受け止めて、冷静さを失わない心の広さみたいなものが非常に大事なんです。

河合:ストレスに対処する「傘」にはユーモアもあるけど、日本人はユーモアというリソース(=傘)を欧米の人たちのように使うのが下手ですね。

松崎:僕ね、そのあたりを河合さんに聞きたかったんです。いろいろな企業でSOCを高める研修をやるんですが、直後にSOCのスケールで測定すると確かにSOCは上がる。ところが、SOC研修の受講生は「SOCを測ったら高くなった結果は出ているけど、実感がない」っていうんです。

 それで僕は「大変なことがあったときに、タフになっていることに気付くよ」と答えているんですけど、こういう考え方でいいんでしょうか?

河合:実感がない!(笑)素直な意見でいいですね。SOCは対処の成功の積み重ねで高まっていきます。つまり、ストレスの雨が降ってきたときに、準備していた傘をさして雨をやり過ごせたとき、初めてSOCは高まります。

松崎:じゃ、研修の直後に高まるのは?

河合:どんなプログラムでも、受けた直後は効果って出るんです。極論をいうと研修しなくても、テストを受けるだけでも高まります。本当の効果を見極めるには、直後、3カ月後、半年後、といった具合に継続して測定しないとわかりません。

 実は私、SOCを向上させるeラーニングのプログラムを作り、その効果を検討する実証研究をやったことがあるんですね。そこで明らかになったのは、SOCの向上には、プログラムに自主的に参加するコンテンツを含むことが、極めて重要だということです。私のプログラムでは、それが日々のモヤモヤを書く「モヤモヤメモ」であり、その日1日のハッピーと思った出来事を書く「ハッピーメモ」でした。つまり、講義で得た知識を内面化する作業が必要なんです。すると日常の生活でも生かすことができる。

松崎:なるほど。僕はよくSOCをうちの研究室で話すときに、きり箱の話をするんですよ。

河合:きり箱って、あの桐のきり箱ですか?

松崎:いいえ、そっちのきりじゃなく、霧の「霧箱」です。

河合:アハっ、放射線の観測に使うヤツですね(笑)

松崎:そうそうそっちです。つまり、放射線がエックス線でもレーザーでもいいんですけど、普通だったら線が見えないモノが、霧や煙があると光が見える。SOCも似たようなもんだと。何かにぶつかってみないと、その軌跡が見えないみたいなところはありますよね。モヤモヤメモやハッピーメモっていうのは、霧の役目をするのかもしれませんね。

河合:なるほど。私は雨に喩えます。ストレスは人生の雨だから、必ず降る。SOC理論自体が究極の悲観論の上に成立しています。生きていればつらいことは、そりゃあるでしょ、と。ただし、雨は必ず止む。この世に止まない雨はありません。実際、地球上で24時間365日絶え間なく雨が降り続いている地域はありません。

松崎:確かに。

河合:雨上がりに、草木が成長するように人間も成長する、そのときにSOCも高まっていく。

松崎:なるほど。まさにそうですよね。雨が降らないと分からないんですよね。

河合:そうです。