書こうか書くまいか、この期に及んで悩んでいる。
先日、女性上司を持つ30代の女性たち数人にフォーカスインタビューを行ったのだが、その内容がかなり衝撃的で……。書き方をちょっとでも間違えると、ややこしい問題に発展しそうな気がしているのだ。
テーマは「女王蜂症候群」──。
もちろん、銀座のクラブの名前ではない。
「女王蜂症候群(クインビーシンドローム)」は、今から50年近く前の1970年代、米ミシガン大学のグラハム・ステインズ、トビー・エプステイン・ジャヤラトナ、キャロル・タブリスの研究論文「The queen bee syndrome」( Psychology Today, 1974)で使われた言葉で、男社会で成功した女性が、自分の地位を守るために他の女性の活躍を快く思わない心情を表している。
“女王蜂”は、男社会の中で必死で頑張ってきたエリート。育児も仕事も完璧にこなすスーパーウーマンで、仕事もできるし、身体もタフ。職場のマチョタイム(会社人間時間)に適応し、夫とも対等な関係を築いている。
「この地位を手に入れられたのは、自分ががんばってきたからだ」という自負が強く、今の地位も気に入っているので女性全体の地位向上には至極冷淡というのが当時の解釈だった。
で、数年前。米国で再び「女王蜂症候群」という言葉が注目され、様々なメディアで特集が組まれるほど話題となる。
そのきっかけのひとつが2013年3月に出版され、瞬く間にベストセラーになった『Lean In: Women, Work, and the Will to Lead (邦訳:リーン・イン:女性、仕事、リーダーへの意欲)』。
著者のシェリル・サンドバーグ氏は2012年、Facebook初の女性役員に就任し、同年『タイム』誌が選ぶ、世界で最も有力な100人に選出されている超エリートである。
米ハーバード大学経済学部を首席で卒業し、ハーバード・ビジネス・スクールを修了後、米マッキンゼー・アンド・カンパニーで勤務。ビル・クリントン大統領時代に財務長官のラリー・サマーズの下で働き、2001年にGoogleに移籍。2008年にFacebookに引き抜かれた。
と、書いているだけでため息が出るような華々しい経歴なのだが、やさしい夫(2015年に他界)、2人の子どももいて、facebookなどの保有株で10億ドル以上の資産を持つとされるなど、仕事も家庭も社会的地位も、すべてを手に入れているような女性である。
その彼女が、
「男女平等を実現するには、リーダーとなる女性がもっと増えなければならない。働く女性たちはもっとキャリア構築に前のめりになるべきだ」と説き、「女性が自分の野心を成し遂げたいなら、対等な立場のパートナーが必要」
と断言。
前のめり……か。個人的には、ほっといてくれ、と思うが、キャリア志向の高い女性たちからは圧倒的な支持を得た。
それに対して一部の識者や研究者たちが、
「サンドバーグの本は女性の自助努力を促すだけ。かつての『女王蜂症候群』を想起させる」と批判。
さらに、2016年には英国のジャーナリスト、ドーン・フォスター氏が、
「サンドバーグのような全てを手に入れられる一部のエリートしか、前のめりなんてなれない。『Lean In』は男女格差問題の解決ではなく、むしろ女性間の階級格差を助長した」と『Lean out』を出版し、「リーン・イン vs リーン・アウト」論争なるものも勃発し、“女王蜂”という言葉が多用されるようになったのである。
と、前置きをアレコレ書き連ねてきたのだが、女性上司を持つ女性たちのインタビューで、彼女たちが語る女性上司の姿に、「女王蜂症候群」を感じ、恐いというか、興味深いといいますか。いや、「それ、分かるわ~」と至極納得。「書いちゃおうっかな~」と思ったというわけ。
ただし、米国で“今”使われている女王蜂症候群ではなく1970年代のセオリーに基づき、アレコレ考えてみようと思う。
え? 今使われている「女王蜂症候群」と何が違うって?
要するに、原型を逸脱し、拡大解釈されているのです。
いかなる言葉も多用されるようになるとそうなるものだが、「女王蜂」なる言葉も拡大解釈され、女性の意地の悪さを示す格好の言葉として悪用されている感が否めない。
「女の敵は女」とか、「女と女の戦い」とか。男性たちがちょっとばかり喜びそうな話題に、「Queen Bee」という言葉が濫用されているのだ。
と、米国の話はこれくらいにしておこう。お待たせしました。フォーカスインタビューに参加してくれた女性のうちの1人。38歳の女性、Aさんの話からお聞きください。
「うちの会社で部長になっている女性は2人です。そのうちの1人が、私の上司なんですけど……、やっぱり厳しいですよ。たぶん『自分も乗りこえてきたから、あなただって頑張れる』って思ってるんだと思うんです。
つい先日も、息子から『熱があって学校を早退した』とLINEが来たので、私も早退しようとしたんです。そしたら、その女部長に『風邪くらいで死にはしないわよ』って言われたんです。
一瞬、耳を疑いました。何を言っているのか分からなかった。でも、彼女の言いたかったことって『私は子どもが熱を出すくらいで仕事を休んだことはない』ってことなんですよね。
いや、いい面もいっぱいあるんですよ。仕事のやり方を教えてくれることもあるし、部下の相談には親身になってくれる。『アレはどうした?』とか気にかけてくれたり。今までの男性上司がみんな適当な人たちばっかりだったから。女性の方が細かい分、いろいろと気付いてくれるんですよね。
ただ、やっぱり自分が部長になるまで同期の男性としのぎを削って、寝る間を惜しんで仕事と子育てをやってきたって思いが強すぎるんだと思います。だから下が育たない。うつになったり、辞めちゃったり。これって問題ですよね」(女性A)
「下が辞めちゃうというのは? パワハラってことですか?」(河合)
「う~ん……。アレをパワハラと言ってしまうのは、ちょっと気の毒ですかね…」(女性A)
「『アナタに期待してるのよ!』って感じで細かい指示を出すんですよね。前の女性上司がソレでした。私の暗黒の時代です(泣)」(女性B)
「『あーした方がいい』なら、まだマシですよね。私なんて、学生の採用面接官をやったときに、『なんでそんな服装でいったのよ!そんな服着てたら、女子学生が敬遠するじゃない!』って怒鳴られました(笑)」(女性C)
「ど、どんな服装だったんですか?」(河合)
「黒のパンツスーツです」(女性C)
「リクルートスーツみたいだってことですか?」(河合)
「っていうか、スカートにしろってことでしょ?」(女性A)
「そうです!!」(女性C)
「うちの部長(女性)と一緒ですね。『女性が地位を得ることはオトコ化することじゃないって』いうのが自論で、絶対にスカートに5センチヒールで、イヤリングはマストですよ」(女性A)
「まぁ……。う~~ん。私も普段はジーンズかジャージですけど、(外で)仕事のときは必ずピンヒールなので……耳が痛いですけど…」(河合)
「それを下に強要するから、鬱陶しいんです。辞めてしまう女性たちには、それがプレッシャーになる。あ、何度も言いますけど、助けられることも多いんですよ。でも、たまに出るひと言がキツい。自分の人生すべて否定されたような気になるので、嫌になる人もいるんだと思います」(女性A)
「うんうん、わかります。ソレ」
女性Aに続きこう切り出したのは、女性Bさん。以前、女性上司の下だった時を、“暗黒時代”と称した32歳だ。
「前の女性上司はK大出身で、ものすごく意識高い系。Facebookにも家族写真とかよく投稿して、『リア充』自慢がスゴいんです。でも、はっきり言って彼女は子育てなんかしてない。シッターさんを雇っているんです」
彼女は毎年、年明けに自分の部下、以前部下だった人も含めて、全員に“Happy New Yearメール”を出すんですね。ところが今年はヘッダーに、“#me too”が付いていたんですよ」
「あの“#me too”ですか?」(河合)
「はい、あの“#me too”ですけど、正確に言うと“社内#me too”です。
自分が若いときから散々受けていたセクハラを告発しているんです。実名こそ書いてありませんでしたが、誰のことを言っているかはだいたい分かる」
「内容は『終電がなくなるまで飲み会に付き合わされた』『ネクタイを買うのを付き合わされた』『深夜や休日に呼び出された』とか、その類いのもので、性的な被害にあったというものではありませんでした」
「で、『私はこういうセクハラに耐えていた自分を恥じている。私はもっと勇気を出して拒否すべきだった。そうすればもっと多くの女性たちが、前のめりにキャリアを築けたのではないかと反省しています』って書いてあったんです」
「……ワタシ、結構、引いちゃったんですよね。自分のこと美化し過ぎだな、って。だって、告発されていると思われる人は、すごい仕事ができる人で2年前に他社から引き抜かれて、今はその会社の社長をやっている人です」
「彼女(女性上司)は、その人に目をかけてもらっていたんだと思うんです。言い方は悪いですけど……、彼女が今のポジションまで上り詰めたのも、本人の頑張り以上にその人の引きがあったんだと思うんです。なのに『自責の念にかられて告白しています』って言われても、全然説得力がない」
「彼女はホントに女性たちが活躍することを望んでいるのか?
女性たちの活躍を阻んでいるのは、彼女自身なんじゃないのか?って。
実際、私は彼女の下にいるときが一番、しんどかった。『もっと頑張れ』『頑張りが足りない』っていつも言われている気がしました。運良く異動になって、男性上司になって、今はホッとしています」
……以上です。
私が冒頭で「書き方を間違えるとややこしい問題になる」と書いたのは、この“社内#me too”問題である。これはとても微妙な問題なので、正直なところ女性である私が取り上げるのはとても難しい。
と言ってもあくまでもこれは「性被害」とは思えない内容の場合だ。
ただ、どういった内容であれ、自らの経験を告白するのはとても勇気のいること。相手あっての問題であればなおさらである。一見「嫌なことは嫌と言えるタイプ」のように見えて、実際にはそうでない場合もある。
その一方で、そういった性被害とはほど遠い告白の内容を知ると、「私(河合)も告発されてしまうのではないか?」と心配になることもある。例えば、仕事関係の年下の男性を飲みに誘ったこともあるし、話の流れでその男性の彼女の話を聞いたりすることもある。
とどのつまり、本人にしか分からない問題で。アレコレ意見することは、本人だけでなく、“誰か”を傷つけることになりかねない。だから、何も言えない。
なので今回取り上げた女性の告白は、一般的に広がっている“#me too”ではなく、あくまでも「いち女性上司の告白に対する意見」ということで受けとめていただきたいので、よろしくお願いします。
いずれにせよ、女性上司を持つ女性たちにフォーカスインタビューしたのには、理由がある。
私が講演会や取材などで企業にお邪魔させていただく中で、職場に女性が増えたなと実感する一方、「部長レベルの女性」はあまりというかほとんど増えていない。
その理由を部長さんや社長さん(いずれも男性)に聞くと、
「女性たちが管理職になりたがらない」
と答える。
何年も前から一緒。男性の上司たちはず~っと「当人の問題」と答え続けているのだ。
そんな折、ある女性誌の編集者と雑談している際に「親分肌の女性上司はいいけど、姉御肌の女性上司はイヤ」という意見を聞いた。
姉御肌上司は「こうしなさい、ああしなさい。これはダメ。それは違う」と自分の経験に基づき、あれこれ事細かく、指示を出す。一方、親分のように「最後は私が責任とるから、自分の思ったとおりにやってきなさい!」と太っ腹になってくれればいいのに、そういう女性上司は極めて少ない……。そんな話だった。
そこで実態を知りたくて、女性たちに集まってもらったというわけ。
で、彼女たちの話を聞きながら私が思い出したのが、女性管理職が「女性部下はめんどくさい」とホンネをこぼしていることを書いたこちらのコラム「『女性の部下を面倒くさい」と思う女性上司のジレンマ」だ。
このとき女性管理職たちは、
「時々思うんです。女性の登用を阻んでいるのは、自分かもしれないな」
と危惧し、女性部下に頑張ってほしいと思う気持ちとは裏腹に、女性部下にイラつき、ついつい厳しいまなざしで見てしまう自分に苦悩していた。
あれから7年が経った今、その予想が当たってしまったというか、なんというか。多くの企業に「女性初の部長」が誕生し、女王蜂症候群に陥った女性上司たちが、皮肉にも女性部下たちの行く手を阻んでいる。女王蜂のプレッシャーに耐えきれず辞めてしまったり、やる気を失ったり。
以前とは比較にならないくらい、女性部長を増やしたいと思っている男性上司は増えているのに、本当にもったいないお話である。
しかしながら、私はこれは「女性の問題」のように見えて、「女性の問題」ではないと考えている。
興味深い調査がある。米メリーランド大学のC.L.Dezso教授らが、20年に渡って1500社のデータを用いて、女王蜂症候群の存在を検証する統計的分析を行なったところ、1人の女性が上級管理職に就いたときに、2人目の女性がそのポジションに就く可能性は51パーセント低くなった。
結果だけを見ると、「やっぱり女王蜂が女性登用を阻んでるんだね!」と解釈しがちなのだが、これは“みせかけの数字”であることが分かった。男性がCEO(最高経営責任者)の場合と、女性がCEOの場合に分けて分析を行なうと、後者では上級管理職に就く割合が増えていたのである。
女性がCEOに就いている職場では、ダイバーシティが進んでいて、男とか女とか白人とか有色人種とかの差別がなく、賃金格差もなかった。まぁ、だからこそ女性がトップに就けたのだろうけど。
いずれにせよ、「ウチはこんなに女性活躍(ダイバーシティ)を進めてるんですよ~」とアピールすることが目的で、女性をガラスのショーケースに入れるとその女性は女王蜂症候群になる。
片やすべてのメンバーに公平にチャンスが開かれ、格差がない職場では、“たまたま”女性がトップに就いただけなので、女王蜂症候群にならない。
例えば、ラテンアメリカでは、1991年に世界で初めて法的にクオータ制を導入したアルゼンチンを皮切りに、その他の国々でも法的クオータ制が広がり、議席におけるパリティ(男女同数制)を法律で規定した国がすでに6カ国もある。アルゼンチン、ブラジル、チリなど、続々と女性大統領が誕生し、男女の格差が極めて小さい。1999年~2013年に、女性大統領の国では24%女性閣僚が増えているのだ。
日本の国会では今日も、働き方改革の議論が続いているけど、「柔軟な働き方」を目指すなら、企業にも国にもクオータ制を導入する議論をすればいいのに……、なんてことを考えているのでありますが、ムリか……。
『他人をバカにしたがる男たち』
発売から半年経っても、まだまだ売れ続けています! しぶとい人気の「ジジイの壁」
『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)
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特に〈女をバカにする男たち〉の章は本書の白眉ではないか。「組織内で女性が活躍できないのは、男性がエンビー型嫉妬に囚われているから」と説く。これは男対女に限ったことではない。社内いじめ、ヘイトスピーチ、格差社会や貧困問題なども、多くの人がエンビー型嫉妬のワナに落ちてるからではないかと考え込んでしまった。
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