“結実”した文科省のキャリア教育政策

 そもそも、今の学生は「やりがい」が大好き!

 かつての「好きな仕事探し」「自分にあった仕事探し」は、「やりがい」という言葉に集約され、彼らは「やりがい」という言葉を頻発する。

「CAとお天気キャスターって、どっちのほうがやりがいがありましたか?」だの、
「銀行とメーカーって、どっちのほうがやりがいがあるんでしょうか?」だの、
答えようがない質問を、何度学生からされただろうか。

 なぜ、彼らは「やりがい」にこだわるのか?

 はい、そう教育されたからです! 

 そう。これぞ、大学のキャリア教育の賜物。文科省の下で進められてきた「キャリア教育」が、10年の月日を経て、見事に“花開いた”。

 2006年11月に文科省が作成した「小学校・中学校・高等学校 キャリア教育推進の手引」には、それぞれの発達段階で目標とされるべき「キャリア教育」が示されている。

 高等学校のそれは、
「生きがい、やりがいがあり自己を活かせる生き方や進路を現実的に考える」
「自己の職業的な能力、適性を理解し伸ばしていく」
など。

 書いてある理念そのものには、さしたる問題はない。が、“やり方”が悪かった。その結果、「考える」が「探す」になり、「理解し伸ばす」が「自己分析する」に成り変わった。

 大学が就職への“通過地点”になってしまったことで、どこの大学もキャリア教育に異常なほど力を注いでいることは、改めていうまでもない。

 とりわけ地方の大学は必死だ。大学の生き残りをかけ地元の企業や高校と連携し、キャリア教育を進めているケースも多い。こういった取り組みは学生にとってもプラス面も多く、決して悪いことではない。

 オトナたちが企業、大学、高校の枠を超え、学生のこと、地域のこと、をアレコレ考える。その作業に私も関らせていただいたことがあるが、率直に「いいな」と感じた。

 もちろんこれまで何度も書いているとおり、大学の本業は「学問」と個人的には思っているので、キャリア教育に過剰なまでに力を入れる流れには合点できない部分も多い。だが今回は、ソレをアレコレ考えるのが主たるテーマではないので、そこは「おいといて」先に進める。

 えっと、つまり、地域を巻き込んだキャリア教育は、教科書的に行われる「キャリア教育」と違い、“人との交流”の中で行われ、オトナも学生も「自分たちの住んでる町」のことを考えるので、結果的に、ソーシャル・キャピタルを豊かにするいい試みだと思った次第だ。

次ページ すると、学生たちはショックを受ける