学び、磨く時間がどこにあるのか?

 念のため繰り返すが、知識が重要なのは当然のこと。

 だが、いつ、どこで、どうやって知識を習得する機会が作れるのか? 現状をしっかり見据えた上じゃなきゃ、ただの机上の空論に過ぎないのである。 

 しかも厚労省は人手不足解消のために、介護職の資格要件の緩和の措置を打ち出している。団塊世代が75歳以上になる「2025年問題」に備え、質よりも量といわんばかりで、あべこべじゃないか。

 そもそも介護や保育などのヒューマンサービスワーカーたちは、究極の感情労働者(emotional labor)だ。

 かつて肉体労働者が、自分の手足を機械の一部と化して働いたように、感情労働者は自分の感情を自分から分離させ、感情それ自体をサービスにするため、とんでもなくストレスがかかる。

 特に介護現場の感情労働者は、サービス対象となる要介護者の数だけ、感情を切り分け、演じる必要があるため、降りそそぐ“ストレスの雨”も多い。

 認知症のおじいさん、車いすのおばあさん、ベッドで一日中すごす寝たきりの老夫婦……。身体の状態、認知機能、突然の変化、10人いたら10通りの“感情”が求められる。

 それでも“人生の最終章”を、できるだけ“心地よいひととき”を過ごしてもらいたい、少しでも“笑顔”にさせてあげたいとほとんどの介護職の方たちは願っている。

 もちろん鼻っからヒューマンサービスの適性が微塵もない人もいるかもしれない。人手不足から適性を見極める余裕もなく、人を雇っている施設も少なくない。でも、それでも、「多くのヘルパー達は献身的に頑張っている」(前述の手紙より)のである。

年中“雨季”なのに、どこにも傘がない

 

 だが、ギリギリの人数で、長時間労働を強いられ、二言目には「責任、責任」と家族から責められ、高齢者と上手くコミュニケーションが取れなかったり、何度注意しても聞いてもらえなかったり、暴れられたりしたら……、誰だって心が折れる。

 真逆の感情が自分の内部で激しくぶつかりあい、「抱くべき(抱きたい)感情」と「抱いた感情」のズレを修正できず、感情の不協和に陥り、燃え尽きたり、罪の意識にさいなまれたり、本当の自分が分からなくなったりと、極度なストレス豪雨でびしょ濡れになってしまうのだ。

 いわゆるバーンアウト。

 「持続的な職務上のストレスに起因する衰弱状態により、意欲喪失と情緒荒廃、疾病に対する抵抗力の低下、対人関係の親密さの減弱、人生に対する慢性的不満と悲観、職務上能率低下と職務怠慢をもたらす症候群」

 こう定義される状態に陥るのである。

 実際、介護職に携わる3割以上もの人がバーンアウト状態にあるとの報告もあり、「賃金の低さ」だけじゃなく、バーンアウトも離職の大きな理由なのだ。

 つまり、「ストレス」「ストレス」とマスコミも含め言葉を連発し、「ストレスが虐待の原因」などと口にする“先生”もいるが、介護の現場はもともとが“湿潤気候”。梅雨のようなシトシトとした雨と、落雷を伴うゲリラ豪雨が繰り返し降る、ストレスの雨の多い職場だ。

 そういった職場環境では「雨を減らす努力」と「傘を増やす努力」の両方が求められる。