「高齢者へ3万円支給するなら、介護関係に回すべき」

 「政府は『施設を作る』と言っていますが、その前にヘルパーの待遇を改善すべきだと思います。ヘルパー不足は入所者へ深刻な影響をもたらしているのです。1日4回だったオムツ交換が3回になり、夜間見回りもなくなり、適性があろうとなかろうとスタッフを採用するしかない。悪循環です。

 私は今度の事件で介護ヘルパーが尻込みしてしまわないか、心配です。多くのヘルパー達は献身的に頑張っているのです。待遇改善に向けた世論がもっと高まらないものか、といつも思っています。

 所得が低い高齢者へ3万円支給する余裕があるなら、介護関係に回すべき、だと思います。ここはまさしく姥捨山です。入所者たちはみんなそう言っています。

 入所者は、家庭内介護が限界にきたために、本人の意志ではなく“入れられた”人が多いので、私のように発言できる入所者は滅多にいないと思います。

 私のコメントがお役に立つようでしたら、こんな嬉しいことはありません。どうか薫さんのお力で、たくさんの方に現状を知ってもらってください」

 以上です。

介護施設が、人の「生きる力」を奪いつつある

 これが人生の終の住処、介護の現場のリアルです。

 介護する人、される人、介護施設を運営する人、預ける人……。

 “友人”のメッセージには、介護という現場に関わるすべての立場の人たちの、日常と、苦悩と、懸命さと勝手さと……。そして、自分ではどうにもできないジレンマが描かれていて、正直ショックだった。

 これまでにも介護問題は度々取り上げてきたし、現場の方たちの話をいくどとなく聞いてきたけど、今回改めて、介護施設という“環境の力”が、暴力的なまでに、そこに“いる人”の生きる力を食い荒らす“化け物”になっていると感じてしまったのだ。

 だが残念なことに、現状の「介護」には誰もが「問題あり!」と感じているのに、どこか他人事で。実際に自分の頭の上に“雨”が降ってこないことには、その雨の冷たさがわからない。

 そう。「すごい大変な雨が降ってる」と頭でわかっても、心で感じ取ることが実に難しい問題という問題がある(ややこしい)。

 私自身、自分では介護関係の人たちの話に耳を傾け、現場に足を運び、寄り添っていたつもりだったが、父のことがあって初めて本当の“雨”の冷たさがわかった。

 “プレ介護”状態になった父との関わり方に戸惑う事ばかりで。

 不安と、切なさと、怒りと、悲しさと……。ストレスの専門家なのに、ぐちゃぐちゃで上手く対処できなかった。唯一ホッとできた瞬間は、「なんか今日、パパ元気だ!」と感じられたときだけで。

 散々「生きる力」だのなんだの研究してきたにも関わらず、「人間に本当に生きる力なんて、あるのだろうか?」と思ってしまったり、研究してきた理論も、調査結果も、なんだかえらく遠い世界の出来事のように感じた。

 しかも、なぜがそれを誰にも言えなかった。いや、言いたくなかったといった方が正確かもしれない。

 自分でさえ認めたくない“自分“を感じとる瞬間があって、私自身がそれに耐えられなかったのだと思う。うまく言えないけど……。