今回は「介護現場のストレスの傘」について考えます。
以下のメッセージは、私の知人でもあり、最高齢の“友人”でもある90歳の女性が、先週送ってくださったモノだ。彼女は、有料老人ホームで要介護の夫と暮らしている。
川崎市幸区の有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で入所者3人を殺したとして元職員の男が逮捕された件で、
「今度の事件もただうわべだけで判断できないものを感じています。介護の現場の実情を一人でも多くの人に知ってもらいたい」
と、メールを送ってくださったのである。
有料老人ホームに住む90歳の友人からの手紙
容疑者の計画的な犯行は決して許せるものじゃない。「ストレスが殺害動機につながった」といった趣旨の見解も、あまりに直接すぎて引っかかるものもある。
「他人事ではない」とする“友人”の話には、今の介護現場のリアルが描かれていれていた。そこで、“自分たちの問題”として、まずはお読みいただきたいと思う。
「Sアミーユ川崎幸町で起こったことは、他人事ではないような気がしています。殺害なんて絶対に許されることではないし、虐待も暴力もいかなる場合も許し難いことです。
でも、入所者の中には大声で喚き散らす人、たえずヘルパーを呼びつける人、自分がわからなくなってしまった人、思うようにならないとヘルパーの手にかみつく人など、さまざまです。
そんな人達の家族に限って 面会に来ることがなく、ホームに預けっぱなしなのです。
私は夫とともに、毎日、食堂で食事をしているのですが、食事は終わったのに、食べた感覚がなく『食事を早くください!』『死んでしまいます』と大声でわめいている女性がいて、若いヘルパーが優しく対応している姿に頭の下がる思いがしています。
ヘルパーさんたちがあまりに大変そうなので、食器を運ぶくらいお手伝いしようと申し出ました。でも、絶対にやらせてもらえません。ナニかあったときに、施設の責任になるからです」
「感謝の言葉だけでは、彼女・彼らが報われません」
「先週、またヘルパーが2人辞めてしまいました。理由は『給料が少なくて結婚できないから』ということでした。離職者があとを絶たず、なかなか補充もできないので、残ったヘルパー達が、過重労働を強いられているのが現状です。
ホームには各部屋にインターホーンが設置してありますが、認知症の進んだ入所者が夜間もひっきりなしに押すこともしばしばです。夜勤ヘルパーは、その度に対応しなくてはならない。就寝前に投薬が必要な人もいるので、夜勤の仕事はかなり重労働です。
ヘルパーの中には夜勤はしない、という条件で勤務している人もいるので、限られたヘルパー達が順番でやっています。すぐに順番がやってくるので、真面目なヘルパーは体重は減るわ、顏はやつれるわで見ていて可哀想になります。私はいつもそんな彼等に感謝と激励の言葉を送っていますが、そんな感謝の言葉だけでは、彼女・彼らが報われません。
みなさん、献身的にやってくださります。でも、……人間には限界ってものがありますよね」
「高齢者へ3万円支給するなら、介護関係に回すべき」
「政府は『施設を作る』と言っていますが、その前にヘルパーの待遇を改善すべきだと思います。ヘルパー不足は入所者へ深刻な影響をもたらしているのです。1日4回だったオムツ交換が3回になり、夜間見回りもなくなり、適性があろうとなかろうとスタッフを採用するしかない。悪循環です。
私は今度の事件で介護ヘルパーが尻込みしてしまわないか、心配です。多くのヘルパー達は献身的に頑張っているのです。待遇改善に向けた世論がもっと高まらないものか、といつも思っています。
所得が低い高齢者へ3万円支給する余裕があるなら、介護関係に回すべき、だと思います。ここはまさしく姥捨山です。入所者たちはみんなそう言っています。
入所者は、家庭内介護が限界にきたために、本人の意志ではなく“入れられた”人が多いので、私のように発言できる入所者は滅多にいないと思います。
私のコメントがお役に立つようでしたら、こんな嬉しいことはありません。どうか薫さんのお力で、たくさんの方に現状を知ってもらってください」
以上です。
介護施設が、人の「生きる力」を奪いつつある
これが人生の終の住処、介護の現場のリアルです。
介護する人、される人、介護施設を運営する人、預ける人……。
“友人”のメッセージには、介護という現場に関わるすべての立場の人たちの、日常と、苦悩と、懸命さと勝手さと……。そして、自分ではどうにもできないジレンマが描かれていて、正直ショックだった。
これまでにも介護問題は度々取り上げてきたし、現場の方たちの話をいくどとなく聞いてきたけど、今回改めて、介護施設という“環境の力”が、暴力的なまでに、そこに“いる人”の生きる力を食い荒らす“化け物”になっていると感じてしまったのだ。
だが残念なことに、現状の「介護」には誰もが「問題あり!」と感じているのに、どこか他人事で。実際に自分の頭の上に“雨”が降ってこないことには、その雨の冷たさがわからない。
そう。「すごい大変な雨が降ってる」と頭でわかっても、心で感じ取ることが実に難しい問題という問題がある(ややこしい)。
私自身、自分では介護関係の人たちの話に耳を傾け、現場に足を運び、寄り添っていたつもりだったが、父のことがあって初めて本当の“雨”の冷たさがわかった。
“プレ介護”状態になった父との関わり方に戸惑う事ばかりで。
不安と、切なさと、怒りと、悲しさと……。ストレスの専門家なのに、ぐちゃぐちゃで上手く対処できなかった。唯一ホッとできた瞬間は、「なんか今日、パパ元気だ!」と感じられたときだけで。
散々「生きる力」だのなんだの研究してきたにも関わらず、「人間に本当に生きる力なんて、あるのだろうか?」と思ってしまったり、研究してきた理論も、調査結果も、なんだかえらく遠い世界の出来事のように感じた。
しかも、なぜがそれを誰にも言えなかった。いや、言いたくなかったといった方が正確かもしれない。
自分でさえ認めたくない“自分“を感じとる瞬間があって、私自身がそれに耐えられなかったのだと思う。うまく言えないけど……。
増える介護施設での利用者虐待
実はこの“友人”のメッセージを、他のメディアで取り上げたとき「90歳の方の言うことを鵜呑みにするのか?」「この介護施設だけの話だろ」という意見があった。
批判を恐れずに言わせていただけば、「90歳を舐めるなよ!」と。“友人”は私よりよほどしっかりしていて、世の中を実に冷静に、客観的に、やさしく、ときに厳しく見つめるまなざしをもっている人生の大先輩だ。
「うぬぼれかもしれないけど、私はここにいる人たちの代弁者だと思っています」――。 メッセージの最後にはそう加えられていた。
そもそも介護保険制度は、介護を医療から分離することで始まった制度だ。高齢化が進み、医療の範疇のままでは医療費がかさみすぎるという考えから、医療と介護とに分けられた。専門家の中には、「そもそもこの制度自体、介護にはお金をかけないという視点から始まった経緯がある」と指摘する人もいる。
人間には限界ってものがありますよね――。
この言葉の真意を、もっともっと、一人でも多くの人が“我が事”ととして受け止め、考えて欲しくて、“友人”のメッセージをここでも取り上げさせてもらいました。
厚労省が2月5日に、高齢者虐待防止法に基づき発表したデータによれば、2014年度に特別養護老人ホームなどの介護施設で発覚した職員による高齢者への虐待は300件(前年より35.7%増)で、過去最多を記録した。
被害の約8割は認知症のお年寄りだった。また、虐待の内容は、殴る蹴るなどの「身体的虐待」が最も多く63.8%。次いで、暴言を吐くなどの「心理的虐待」、「経済的虐待」おむつを替えないなどの「介護放棄」だった。
また、虐待をした職員の年齢は、「30歳未満」の割合が22%で最も高く、男性の場合は34.4%、女性だと17.3%を占めた。
虐待の要因は認知症への理解不足といった「教育・知識・介護技術などに関する問題」が6割超と最多で、「職員のストレスや感情コントロールの問題」が約2割だった。
厚労省の担当者は「知識不足とストレスが合わさって虐待に至ってしまうケースが多いようだ」としているという。
本人が独力で解決できる問題なのか???
「知識不足とストレス」――か。
確かにその通りなのだろう。だが、どこか他人事のようで……。もっと環境にスポットを当ててくれよ、と。
なぜ、「虐待」の原因にストレスがなってしまうのか?
介護の現場の、ナニがストレッサー(ストレスの原因)になっているのか?
そのストレスを軽減するには、どうしたらいいのか?
厚労省の役人であればこそ、
「介護の制度やあり方には構造的に問題がある。超高齢化社会に向けて、国は根本的に考え直す必要があるかもしれない」
くらいのことを言ってほしかった。
いかなる状況であれ、虐待や暴力は許されることじゃない。だが、そこで起こる“事件”は、環境の問題でもあり、心、すなわち感情の問題でもある。お国の“担当者”であれば、それくらいわかるはずだ。
批判ついでに言わせてもらえば、「知識習得」っていうけど、物理的にも精神的にもギリギリの状態で働いている介護の現場の人たちに、知識を習得する時間などない。今の状況のままで、たとえ機会を義務付けたところで、本当に効果的な教育が行えるのか?
「離職者があとを絶たず、その補充もなかなか見つからないので、残ったヘルパー達が、過重労働を強いられているのが現状」(前述の手紙より)で、特に「夜勤」は精神的にも、肉体的にも負担だ。
虐待が発生している現場では夜勤が月15日以上、勤務時間は280時間にも及ぶ例があり(NPO法人全国抑制廃止研究会調べ)、介護職の方の中には手取りが10万円ちょっとで、生活のためにバイトをしている人もいる。
2015年12月の介護サービスの有効求人倍率は3.08倍で、全職種平均の1.21倍の2倍超。 14年度の年間離職率は16.5%(介護労働安定センターの調べ)。このうち勤続1年未満で辞めている人が約4割を占めた。約6割が「職員が不足している」と答えた。
学び、磨く時間がどこにあるのか?
念のため繰り返すが、知識が重要なのは当然のこと。
だが、いつ、どこで、どうやって知識を習得する機会が作れるのか? 現状をしっかり見据えた上じゃなきゃ、ただの机上の空論に過ぎないのである。
しかも厚労省は人手不足解消のために、介護職の資格要件の緩和の措置を打ち出している。団塊世代が75歳以上になる「2025年問題」に備え、質よりも量といわんばかりで、あべこべじゃないか。
そもそも介護や保育などのヒューマンサービスワーカーたちは、究極の感情労働者(emotional labor)だ。
かつて肉体労働者が、自分の手足を機械の一部と化して働いたように、感情労働者は自分の感情を自分から分離させ、感情それ自体をサービスにするため、とんでもなくストレスがかかる。
特に介護現場の感情労働者は、サービス対象となる要介護者の数だけ、感情を切り分け、演じる必要があるため、降りそそぐ“ストレスの雨”も多い。
認知症のおじいさん、車いすのおばあさん、ベッドで一日中すごす寝たきりの老夫婦……。身体の状態、認知機能、突然の変化、10人いたら10通りの“感情”が求められる。
それでも“人生の最終章”を、できるだけ“心地よいひととき”を過ごしてもらいたい、少しでも“笑顔”にさせてあげたいとほとんどの介護職の方たちは願っている。
もちろん鼻っからヒューマンサービスの適性が微塵もない人もいるかもしれない。人手不足から適性を見極める余裕もなく、人を雇っている施設も少なくない。でも、それでも、「多くのヘルパー達は献身的に頑張っている」(前述の手紙より)のである。
年中“雨季”なのに、どこにも傘がない
だが、ギリギリの人数で、長時間労働を強いられ、二言目には「責任、責任」と家族から責められ、高齢者と上手くコミュニケーションが取れなかったり、何度注意しても聞いてもらえなかったり、暴れられたりしたら……、誰だって心が折れる。
真逆の感情が自分の内部で激しくぶつかりあい、「抱くべき(抱きたい)感情」と「抱いた感情」のズレを修正できず、感情の不協和に陥り、燃え尽きたり、罪の意識にさいなまれたり、本当の自分が分からなくなったりと、極度なストレス豪雨でびしょ濡れになってしまうのだ。
いわゆるバーンアウト。
「持続的な職務上のストレスに起因する衰弱状態により、意欲喪失と情緒荒廃、疾病に対する抵抗力の低下、対人関係の親密さの減弱、人生に対する慢性的不満と悲観、職務上能率低下と職務怠慢をもたらす症候群」
こう定義される状態に陥るのである。
実際、介護職に携わる3割以上もの人がバーンアウト状態にあるとの報告もあり、「賃金の低さ」だけじゃなく、バーンアウトも離職の大きな理由なのだ。
つまり、「ストレス」「ストレス」とマスコミも含め言葉を連発し、「ストレスが虐待の原因」などと口にする“先生”もいるが、介護の現場はもともとが“湿潤気候”。梅雨のようなシトシトとした雨と、落雷を伴うゲリラ豪雨が繰り返し降る、ストレスの雨の多い職場だ。
そういった職場環境では「雨を減らす努力」と「傘を増やす努力」の両方が求められる。
「3万円」を何に使いますか?
そう。どんなに雨の多い職場でも、傘をたくさん準備し、時には同僚や入所者の家族に傘を借りたり、傘に入れてもらえれば、びしょ濡れにならずにすむ。だが、今の介護の現場には「傘」がない。。
・時間的余裕
・余暇や休息の時間
・専門知識
・専門的スキル
・サポーティブな人間関係(上司、部下、同僚、入所者の家族 etc)
・労働に見合った金銭的報酬
・ねぎらいの言葉などの心理的報酬
・社会からの評価
etc etc……
そういった“傘”がない状態で、土砂降りの雨の中で戦わされている。傘で雨をしのぐことさえできれば、「おじいちゃんやおばあちゃんの笑顔」で、元気になれる。
「大変だったけど、良かった」――。
そんな風に思える瞬間が職務満足感を高め、モチベーションを引き出し、いいサービスにつながっていく。
と同時に、雨を上手くしのいだ成功体験が、そこで働く人たちのストレスに対処する力を育くみ、激しい雷雨に襲われても、折れない生きる力を引き出すのである。
私が今、書いていることは「夢の世界」だと思われるかもしれない。ふむ。そのとおりだ。でも、こういった傘の多い世界を目指すべきだし、雨を雨と感じなくてすむ教育をすべきだし、そうなれば、「年をとることの不安」も少しだけ軽減できる。
とはいえ最大の問題は、こんな夢物語を語っている最中にも、土砂降りの雨に濡れている介護職の方たちが山ほどいて、せつない思いをしてるおじいちゃん、おばあちゃんがいるってこと。
では、どうすればいいか? いちばん手っ取り早く増やせる傘は何か?――。それはとにかく「賃金を上げる」ことだ。
「所得の低い高齢者へ3万円支給する余裕があるなら、介護関係に回すべき」(前述の手紙より)。
介護職員の平均月収は21万円程度で、他の職種より10万円ほど低い。これには施設長や看護職員など、比較的高い賃金の職種の方たちも含めた数字なので実際の月収は10万円程度という人も多い。
この低賃金を一般平均である30万円程度にするには、年間1兆4000億円が必要となる(NPO法人社会保障経済研究所算出)。労働人口で単純計算すると「1人あたり年間3万円弱」。今後、高齢化がさらに進むことを考えれば、将来的には負担額はもっと多くなるに違いない。
3万円の価値。アナタはどう考えますか?
このたび、「○●●●」となりました!
さて、………「○●●●」の答えは何でしょう?
はい、みなさま、考えましたね!
これです!これが「考える力を鍛える『穴あけ勉強法』」です!
何を隠そう、これは私が高校生のときに生み出し、ずっと実践している独学法です。
気象予報士も、博士号も、NS時代の名物企画も、日経のコラムも、すべて穴をあけ(=知識のアメーバー化)、考える力(=アナロジー)を駆使し、キャリアを築いてきました。
「学び直したい!」
「新商品を考えたい!」
「資格を取りたい!」
「セカンドキャリアを考えている!」
といった方たちに私のささやかな経験から培ってきた“穴をあけて”考える、という方法論を書いた一冊です。
ぜひ、手に取ってみてください!
『
考える力を鍛える「穴あけ」勉強法: 難関資格・東大大学院も一発合格できた! 』
この記事はシリーズ「河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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