仕事の要求度が高まると、自ら“働き過ぎ”に突き進む矛盾

 こういった状況は、日本医療労働組合連合会(医労連)が取りまとめた2013年の「看護職員の労働実態調査」でも示されている。

・「1年前に比べて、仕事量が増えた」は59.6%
・「疲れが翌日に残る」「いつも疲れている」は合計73.6%で過去最高
・「強いストレスがある」 は67.2%
・「健康に不安」は 60.0%
・妊娠者の 3 分の 1 が夜勤免除なし
・妊娠者の3 人にひとりが切迫流産を経験

 4人に3人が「仕事を辞めたい」とし、その理由のトップは「人手不足で仕事がきつい」(44.2%)で、以下「賃金が安い」「休暇がとれない」「夜勤がつらい」と続いていた。

 奇しくも2月6日、医労連が、「夜勤交代制労働など業務は過重である。(月平均60時間・年間720時間、繁忙期には単月100時間、その翌月とあわせた2カ月平均で80時間まで時間外労働を認めるという)政府案はまさに過労死を容認するもので、断じて容認できない」として、「月60時間」が過労死ラインと主張する談話を公表した。

 過労死認定にはある一定の基準が必要なことは、重々理解できる。だが、“長時間労働だけ”を、疲労やストレスの直接の原因とするのは、極めて危険。仕事上の要求とプレッシャーが増大することによっても、疲労やストレスは増大することを忘れてはならない。

 一方、仕事の要求とプレッシャーが高まると、人は自ら“働き過ぎ”を拡大するという矛盾がおこる。

 「いい仕事をするためには、私的な時間を犠牲にしてもやむをえない」と過剰適応し、身も心も疲れ果てボロボロになっているのに、どこまでも働き続けてしまうのである。

 「いい仕事をしたい」「会社に貢献したい」「お客さんを喜ばせたい」といった承認欲求に加え「人に迷惑をかけたくない」という意識が、

長時間労働→疲労→家でも仕事→睡眠不足→作業能率の低下によるミス→自己嫌悪→挽回するため長時間労働+家でも仕事→さらなる疲労――

といった矛盾に満ちた行動を、可能にしてしまうのだ。