老害を支え、得する人たち

 つまり、老害というと、つい高齢になった経営者など、「権力」を持った人だけに批判が行きがちだが、実際には、その権力者にしがみつく“初老害”の人たちが、「老害」を鉄壁にする。

 「初老害」の人たちは、考えるのを放棄し、自分に都合の悪いことに“だけ”、アレやコレやと文句を付け、彼らは老害と揶揄されるトップ同様、いつまでも「自分が100%正しい」と振る舞い、『変化』を嫌う。

 その結果、いい人材ほど「やってられるか!」と会社を去り、足腰が衰え、気付いたときにはジャンプすることも、前にすすむこともできずに、コテッと転倒し、再び立ち上がることさえできなくなる。「会社が高齢化」するのだ。

 経営者の方の肩を特段もつわけではないが、これまでたくさんの経営者の方たちにお会いして、“会社のこと”、“部下のこと”を思わない方は1人もいなかった。もちろん世間に対しては口先だけで、完全に会社を私物化し、「お前らのやる気がないんなら、オレはいつでも会社を閉じる」なんて考えているトップもいるのかもしれない。

 だが、少なくとも、「上司と部下」がテーマの私の講演会に、わざわざ足を運んでくださる方は、誰よりも一所懸命働き、誰よりも会社のことを考えていた。そして、誰よりも、自分がいなくなっても「会社を残したい」と願っていた。

やはり、区切りを決めて退いたほうがいい

 なので、もし、会社のことを思うのであれば、どんなに止められても、どんなにやり残したことがあっても、初老害の罠にはまらないように、「期間」の区切りを決めて退いたほうがいい。あやふやにせず、後継者を決め、初老害の誕生を阻止したほうがいい。

 仮にそのまま会社に残るとしても、完全に「役職定年」し、権限を放棄し、引っ張る立場から、背中を押す立場へ。自らが長年築いてきた人脈を社員たちに引き継ぎ、一歩下がって伴走する。

 あるいは、新たにベンチャーを立ち上げ、退いた会社といいカタチで共存するやり方だってある。実際、米国ではEncore organization という非営利法人が、高齢者の起業を支援し、61歳以上の起業家を対象に年間10万ドルを提供するPurpose Prizeという表彰制度を設けるといった動きもあり、ラストキャリアを充実させる高齢者たちが増えているのである。

 日本でも中高年ベンチャー支援が始まったが、トップのポジションに就いていた人たちが、サラの状態からどんなことをやってくれるのか?見てみたい。外野の私でさえ想像するだけでワクワクするのだから、社員たちは社長の飽くなきチャレンジに勇気付けられるのではないだろうか。そして、できることなら、“保身”に走っている人たちも、触発されて欲しい。

 米国の心理学者、エリク・H・エリクソンの言葉を借りれば、「ジェネラティビティ(generativity)」に精を出せばいいのである。

 「次世代の価値を生み出す行為に積極的にかかわっていくこと」と定義されるジェネラティビティを、壮年期に受け入れることができた人は、創造性が高まり、自分の人生の居場所を得ることが可能になり、スムーズに人生の最終段階である成熟期を迎えることができる。

 帝国データバンクによれば、日本の社長の平均年齢は一貫して上昇を続け、2014年は59.0歳と過去最高を更新。全体の約1割が「80歳以上」で、社長交代率はわずか3.83%だった。

 

 若けりゃいいってわけでもなく、変わればいいってわけでもないけれど、個人的には、“お父さん”がベンチャーを立ち上げる姿を見たかった、という勝手な意見にて終わりにします。Cannot(help doing) ……って名前でぜひ。

■変更履歴
5ページ本文、下から3つ目のパラグラフ中、「ジェネラビリティ」とあったのは「ジェネラティビティ」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。 本文は既に修正済みです。 [2016/02/05 22:20]