世界は“こんなこと”にまで反応するのだ

 “彼女たちのまなざし”は、世界でもっとも男女格差が大きいとされる我が国ニッポンにも向けられた。

 欧米のメディアが、日本ハイヒール協会(JHA)の活動が性差別的で、時代に逆行していると批判したのだ。

 同協会が「社会生活における自信を高め、姿勢を改善するために、実用的なフラットシューズを脱ぎ捨てて代わりにスティレット(編注:かかと部分が細く尖っているハイヒールの一種)を履くこと」を推奨していることを痛烈に糾弾。

 さらに、子育てのために退職する日本人女性の多さや保育園不足、昇進を望む日本人女性の上には“ガラスの天井”ではなく“コンクリートの天井”があると、日本の女性たちがいかに虐げられているかを紹介した。

 そして、「だから日本はいつまでたっても、男女差別がなくならないんだよ!」「日本政府が推し進める『ウーマノミクス』とは名ばかりだ」と酷評したのである。

 ……すごい…。

 JHA批判はいわゆる言葉狩り的なものなので、「いかがなものか?」と思うし、同協会の代表であるマダム由美子さんの日本女性の「歩き方」への言及や、「ヒールの効果」には個人的に共感することも多い(JHAの反論コメントはこちら)。

 だが、世界は“こんなこと”にまで反応するのだよ。

 スニーカーで出勤してハイヒールに履き替える“キャリアウーマン”が1980年代に誕生してから30年。「ファッションのひとつのツールであるハイヒールが、女性にだけ強要されるのはおかしい!」と女たちは拳をふりあげた。 

 文化的背景が違うとしても、これってすごいなぁ、と。良いとか悪いとか、そういうことではなく、「これじゃ、日本が世界の女性進出ランキングで常に最下位レベルなのも仕方がないのかも」などと至極納得してしまったのだ。

 と同時に、「働き方改革」とか、「輝ける社会」って、こういうことを言うんじゃないかと。

 長時間労働の削減が働き方改革の代名詞になってしまっているけど、これは改革ではなく法律の問題である。1日8時間、週40時間を定めた「労働基準法」が機能すべく、36協定を見直し、インターバル規制を入れ、罰則を徹底し、そもそもの労働基準法の目的に立ち返ればいいだけの話だ。

 真の働き方改革、一人ひとりが輝く社会というのは、それまで見過ごされていたこと、仕方がないとされていたことを「みんなの問題」として考え、解決しようと努力することなんじゃないかと。

 隠伏されてきた悲鳴を掘り起こし、女性とか、男性とか、ワーママとか、イクメンとか、なんでもかんでも一括りにするのではなく、一人ひとりと向き合う。

 「なに?ハイヒールじゃ仕事できないって?そんなこと言ってんの、アイツだけだろ?」とか、「レセプショニストがハイヒールはいてないなんておかしいだろう?」などと切り捨てない社会。

 仕事に人やモノを合わすのではなく、仕事がより効率的にできるように働き方やモノを変える。

 「今まで当たり前」だったことを、「本当に当たり前なのか?」「本当に必要なのか」と考えてみる。それこそが「働き方改革」なんじゃないだろうか。