ふと気付くと、また走っているのである

 思い起こせば、今からウン十年前の私がまだ、中学2年だった頃。住み慣れたアラバマの田舎町から日本に帰国する際に、ホノルルで久しぶりに見た日本人は、実に異様だった。

 みんな、みんな、走っていた。空港で、モールで、日本人はみんな走ってた。

「お兄ちゃん、なんでニッポンの人って、みんな走ってるの?」
「しらな~い。なんで走ってるんだろうね~」
「みんな笑いながら走ってるよ~~」
「笑ってない人もいるよ~~」
「(2人揃って)でも、み~んな走ってて、かっこわる~い。日本人って、変~~~!!」
そんな会話を兄としたのを覚えている。

 アラバマでは(まぁ、そもそも田舎だし、車だし、苦笑)、ジョギング中でもない限り人は走らなかった。なのに、日本人は走ってた。実に不思議な光景で、滑稽な姿に、子どもながらに違和感を覚えた。

 ところが、ふと気付くと、「赤になりそう!」と横断歩道を走り、「電車に乗り遅れる~」と駅まで走り、「タクシー~~!」と右手を上げながら反対車線に走る、正真正銘の“日本人”の自分がいる。

 なんとも……。

 日本、特に「東京」という場所は、人間の適応を超えた“時間”の町。そんな町の片隅で、“ありえない決断”をしなくてもいいような気持ちの余裕を持つには、どうしたらいいのだろう。申し訳ないけど、「はい、これで!」と断言するほどの答えを私は今、持ち合わせていない。ただ、「いかなる理由があっても、会議には遅れてはならない」とたしなめる前に、遅刻した本人が「遅刻した理由」を正直に言えるくらいの余裕を、持てたらいいなぁと心から思う。

 雪の影響でごったがえす新宿駅で、ふとそう願うひとときでありました。