「いかなる会議にも遅刻は許さない」ってヘンじゃない?

 なんとも……。なんかネットって面白い、というか、恐いというか。ひとつの情報にコメントがつくことによって、あれよあれよと展開し、拡散、炎上する。

 いやいや、何も“昨今のネット論争”を取り上げようっというわけではありません。

 そうではなく、確かに“男性の行動”は問題だが、「いかなる会議にも遅刻は許さない」とする意見には、少々違和感を覚えてしまったのだ。

 だって、それこそ「子どもを幼稚園に送っていく」為や、「親を介護している」為に、ギリギリ出社になってしまうケースもあるわけで。“その人”が会社に来るまでの時間をどう使っているかなんて、知らないわけで。「30分前には着いて、準備すべし!」なんて価値観を突きつけられると、うう〜〜〜っと唸りたくなる。

 そもそも、「たかが遅刻、たかが会議」だ。会社が盗賊に襲われたわけでも、誰かの命がかかっているわけでもない。たかが会議なのだ。

 それに、至極正直な気持ちを言うと、私は、少しだけこの男性の気持ちがわかった。かくいう私も、フツーだったらありえない行動に走りそうになった経験がありまして。3.11の大地震のとき水戸駅で被災し、電車が止まり、道路が陥没し、タクシーも全く捕まらなかったときに、「歩いて帰ろう!」と一瞬思ってしまったのだ。

 水戸から東京まで、およそ100キロ。時速4kmで歩いたとしても25時間かかる距離を、しかもハイヒールで、「歩いて帰ろう!」と。それこそ電話一本で翌日の仕事などどうにでもなる(実際、震災の影響で無くなりました)。なのに、そのときの私は、冒頭のCAやこの男性と同じように、とんでもない間違った決断をし・そ・う・になっていたのである(タクシーがつかまったのでしませんでした)。

「1秒でも早く、緊張から解放されたい」という深層心理

 時間的切迫度(time pressure)――。時間に追いつめられた状況は、人間の心に想像以上のストレスとなる。

 なんらかの意志を決定するプロセスにおける“質”は、そこに「十分な時間があるか否か」に大きく依存している。

 「時間がある」場合には、徹底的な情報分析を行い、いくつかの代替案をプラスとマイナスの天秤にかけることで、高度のレベルでの意思決定を行うことができる。

 だが、「時間がない」状況下では極度のストレス状態に陥るため、直面した最悪の危機を避けられそうな『最初に浮かんだ案』を選択する傾向がある。たとえそれが、どんなに配慮を欠く、非常識な決断であっても関係ない。

 「1秒でも早く、緊張から解放されたい」という深層心理が、常識やモラルを完全に凌駕するのだ。

 とりわけ人間には自己防衛規制という、「どうにか自分を守りたい」という心の動きがあるため、「他人がどう」とか関係ない。自分さえ、最悪の事態を避けられればいいと判断する。

 冒頭のCAであれば、最初に浮かぶ最悪の危機は、「着陸を再度遅らせてしまうこと」。

 とりわけ自分のミスで、オーブンのスイッチを押し忘れたCAにとっては、「これ以上のミスはできない」と追いつめられる。その結果、「準備完了!」などと虚偽の報告をし、「押さえておけば大丈夫!」と自分に無意識のウソをつくことで、自分の最悪の危機を回避した。

 一方、電車を降りた男性の最悪の危機は、「会議への遅刻」だ。

 あと300メートル先に駅が見える。歩けば5分もかからない。「ならば歩こう!」と、窓をこじ上げ、線路を歩いた。

 おそらくCAも、男性も、「良かった~! これで間に合う」と安堵した。それが結果的に、とんでもない結末を招くなど、一切考えることもなく。とにかく時間的切迫度から解放された安堵感が、すべての思考を停止させてしまうのである。

 おまけに、人間は結果に引きずられる傾向が強い。結果良ければ、すべてよし! というわけではないけれども、結果がいいと倫理に反する行為まで許してしまう都合良さも持ち合わせている。