わずかな稼ぎを「使え、消費しろ、物価を上げろ」

 いずれにせよ、世の中にはモノが溢れ、今までとは異なる価値観をもった若者が増えているのに、「消費を増やそう!」だの「経済成長!」だの相変わらず呪文のように連呼し、「経済を成長させることこそが、未来を作る」という考えが、デフォルトになっている。

 経済成長の“成長”部分が目的化され、残業を強いられながら額に汗して働き、わずかなカネを稼ぐ社会を豊かというのだろうか。「経済成長」さま、私はもう疲れてしまいました――。なんてことを心底感じている

 そもそも東日本大震災の後、「人生において大切ものは何か?」「幸せとは何か?」といったことを誰もが自問自答し、自分たちの働き方、生き方に疑問を持ち、物質的な豊かさではないものも求めようとしたのではなかったのか?

 あの頃の気持ちはどこに行ってしまったのだろう。

 カネは確かにある時期までは、物質的にも精神的にも私たちの生活を豊かににしてきたけど、もはやカネだけが精神的な豊かさを担保するものではない。今は、そのカネを最優先する経済が「貧困」を生んでいる。そう思えてならないのである。

 私たちを精神的に豊かにする大切なリソース。それは「健康」である。

 ここでの健康とは、まさしく私の専門である「健康社会学」の健康。すなわち、WHO(世界保健機構)の定義する健康だ(以下が定義)。

Health is a state of complete physical, mental and social well-being and
not merely the absence of disease or infirmity.
健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあること。

 おそらく誰もが一度は聞いたり見たりしたことがあるはずだが、健康が定義された理由やこのあとに続く文言は、ほとんど知られていない。

The enjoyment of the highest attainable standard of health is one of the fundamental rights of every human being without distinction of race, religion, political belief, economic or social condition.
人種、宗教、政治信条や経済的・社会的条件によって差別されることなく、最高水準の健康に恵まれることは、 あらゆる人々にとっての基本的人権のひとつである。