2016年がやって来た。猿。いや、申年。「申」は「呻」で、「呻く(うめく)」という意味らしい。
一体何にうめくのか? そういや、2015年ラストは、東芝社員7800人のうめき声が聞こえていました。「なんで、オレらが経営陣の不正会計の尻拭いをさせられるんだ!」と。
まさか2016年は、あちこちから、うめき声が聞こえる事態となるのだろうか? 不気味だ……。
「申のうめきは、果実が成熟して固まっていくときの、産声みたいなもんだよ」
ああ、そうですか。ホッとしました。確かに、「申年」でググるとそのようです。
と、新年一発目から、酒場の会話のごときスタートとなってしまいましたが、今年も1年、アレコレ書いていきますので、どうぞよろしくお付き合いくださいませ。
さて、毎年、新年一発目は、前向きなテーマを取り上げようと、年末からネタを考えるのだが、年の瀬に感じていた「2016年問題」について、今回は書こうと思う。
題して、「男性受難時代」だ。
ん? 「受難」って。結局、“うめき声”かい?
は、はい、やはりそうなってしまいました。申し訳ない。
実は昨年末から、男性陣たちからの嘆き、女性たちからの苦言、海外の知人からの指摘、などなど、日本の男たちの「切なさ、生きづらさ、元気のなさ」を感じることが重なっていた。そんな状況で、新年早々、「なんじゃこりゃ!」という“新語”が出回ってきたのである。
「嫁ブロック」――。
ちょっと前にも話題になったので、ご存じの方も多いかもしれない。
嫁ブロックとは、「妻が反対しているので、内定を辞退させてください」と、男性が転職先に申し出る現象のこと。
かつては、ヘッドハンターや人事の採用担当者の間で使われていた、業界用語である。その言葉が、最近、一般のビジネスパーソンたちの間で、使われるようになったというのである。
この現象を報じたのは、産経新聞。元日早々、
男の挑戦くじく「嫁ブロック」とは「妻の反対で内定辞退…」
と、ちょっとばかりセンセーショナルに報じたのだ。
記事では、
- 転職希望者数は平成22年1月から平成27年11月までの間に約3倍に増加(人材派遣大手インテリジェンス調べ)しているとし、転職市場が拡大していることを紹介。
- ところが、約3人に1人が“嫁ブロック”に遭い、内定を辞退、あるいは転職活動を断念(転職クチコミサイト「転職会議」を運営するリブセンス調べ)。 ※調査は2015年11月に実施。対象は、転職をしたことがある、あるいは転職を考えている男性1800人。
- 妻が反対の理由は、「年収が下がる」がトップ(37%)。次いで、「勤務地が自宅から遠い」(28%)、「現職の福利厚生が充実している」(21%)。
さらに、
- 「大手企業勤務」にこだわり、ベンチャー転職をブロックする妻、
- 「東京居住」にこだわり、地方転職をブロックする妻、
- 「ママ友との交遊関係」にこだわり、知名度の低い会社への転職をブロックする妻
といった実例を挙げ、「嫁ブロック」のリアルを紹介していたのである。
至極ストレートに記事を読んだときの感想を言うと、「な、なんなんだ、これは?」。
しかも、読後感が悪い。おまけに、
【DV妻、急増中】男性に広がる被害、支援窓口が少なくて… 「このままでは危ない」
と題した記事も、同時に報じられていたので、なんとも言葉にし難い、「ナニか」を感じてしまったのだ。
そういえば、昨年、女性向け月刊誌「VERY」が、妻たちの逆襲という特集を組み、以下のような全面広告を載せて話題となった。
読者の旦那さまたちへ、
奥さんに“ありがとう”と言う前に、ストックの切れそうなトイレットペーパーを買ってこよう!
笑うに笑えない挑戦的なフレーズに、女性たちは「そうだ、そうだ!」と口を揃え、男性たちは「………」と無言になった。
男の挑戦くじく「嫁ブロック」、「DV妻、急増中」ーー。
いずれも事実を報じた“だけ”なのだが、やはりなんだかイヤ~なモノが、背後に潜んでいるような気がして、とにもかくにも件の記事の読後感は、異常に悪かったのである。
嫁も嫁だが、夫も夫
いずれにせよ、こういうトーンで記事が報じられると、「大企業勤務だの、ママ友だの、結局は、ステータスかよ!」と妻たちへの批判が集まりがちだ。
だが、厳しい反論・オブジェクションを恐れずに言わせていただけば、ブロックする理由をシャアシャアと語る“嫁”も嫁だが、「妻の反対で……」と“嫁”のせいにする夫も夫だ。
そもそもなぜ、せっかく家庭のしがらみや、大企業を辞めることに、自分で折り合いをつけながら、前向きにチャレンジする決断をした人が、“嫁ブロック”を受け入れるんだ?
そんなに奥さんが恐いのだろうか?
確かに、転職はリスクを伴う。給料が下がるケースがほとんどだし、転職したからといって、バラ色の世界が待っているわけでもない。妻に反対されて、最初の意気込みが萎える気持ちも分からなくはない。
でも、そんなことは分かり切った上での、転職活動だったんじゃないのか?
大企業という肩書きに溺れ、「会社の社会的地位=自分の地位」と勘違いしている上司たちを見て、「知名度が低くても、給料低くても、チャレンジしたい!」と一念発起したんじゃないのか?
東京へのこだわりを捨てて、「地方でふんばってみよう!」と覚悟したんじゃないのか?
せっかく高度成長期に確立された「男性は就職して定年まで働く」という一本の大きな流れから脱し、「自ら川の流れを作ろう!」と決意したのだ。もったいない。実に、もったいない。残念というか、なんというか。40後半になったら、希望退職という名の「絶望」と向き合わなきゃいけなくなるかもしれないのに。ホント、もったいないとしか言いようがないのである。
反対されたら、「でもね、10年後はもっと大変になる可能性の方が高いんだよ」と説得すればいい。
ステータスや給料に妻がこだわったら、「大企業が将来安泰ってわけじゃないんだよ」と、東芝などの理不尽なリストラを話してあげればいい。
どんなに「男が明日を生き、女が今日を生きる」動物で、話が通じにくいとしても、共に歩く夫婦だ。今のことも、未来のことも、きちんと伝えられなくてどうするというのだろう。
それに、ヘッドハンターに「妻から反対されて……」だなんて、わざわざ言わなくてもいいと思うが、これってホントに何?
……新年早々、少々言い過ぎてしまったけれど、私の頭の中は、「????」だらけ。どうにもこうにも、合点がいかないのである。
まさか、妻にブロックされて、ちょっとばかりうれしかった?
「なんだよ~、やっぱ、オレが必要なのか。仕方がないなぁ~」なんて、内心ほくそ笑んでしまったのだろうか。
「いや~、参りました。妻がね、“転職は辞めてくれって”言うんですよ~。私は薄給覚悟なんですけど、妻は……、まぁ、今は結構、もらってますからね~。いやいや、ホント申し訳ない。“家族のため”には、仕方がないですね~」と。
案外、嬉しそうに、赤の他人のヘッドハンターに、妻ブロックを告白したのかも、などと思ったりもする。
男性たちは求められる喜びを感じた?
ふむ。それはあり得る。なんせ、時代が時代だ。夫婦関係も、会社との関係も、この数年間で大きく様変わりした。
女性活用、数値目標、輝く女性、マタハラ、セクハラ、モラハラ、などなど、女性たちが羽をつけ、かなり自由に飛び立つようになったご時世だ。
居場所も役割も曖昧になった男性たちが、「なんだ。やっぱりオレが必要なんじゃん」と、求められる喜びを感じたとしても、ちっとも不思議じゃない。
これこそが「男性問題」。男性受難時代の、本格的な幕開けである。
男性問題については、これまでにも何度か取り上げてきた。ええ、これまた何度も言いますけど、私の男性問題では決してありません。
「男性問題」とは、女性たちの裏で涙する男性たちに代表される「男性への“イメージ”から生じる問題」で、「男性差別」と呼ばれることもある。
男性学の研究で知られる、社会学者で京都大学教授の伊藤公雄氏によれば、「男性問題」は、次の2つに分けることができる。
1つ目は、従来の「男らしさ」の鎧を積極的に脱ぎ、「自分らしさ」を追求する男性たちの問題としての「男性問題」。例えば、イクメン、主夫、カジメン、といった、かつてタブーとされていた役割を、自ら選択した男性たちの生きづらさなど。これまで、私がコラムで取り上げたきた「男性問題」の多くは、このケースがほとんどである。
一方、2つ目の男性問題は、「男性受難時代」という言葉が意味するモノで、「男らしさ」のイデオロギーが揺らぎ始めたことに気づきながらも、「男性優位」の意識から脱出することができない不安を抱えた男性たちのことをいう。
伊藤氏は、1990年付近の中高年男性の自殺率の急増、強制わいせつ事件の増加、ロリコン・コミックスブームなどの事件の背景にも、「男性問題」があると指摘。「『男らしさ』の揺らぎが、こうした現象として露出している」との見解を示している(著書「『〈男らしさ〉のゆくえ』)。
80年代後半に流行った“粗大ゴミ”、90年代に流行った“濡れ落ち葉”。どちらも後者の男性問題で、この頃から、密かに、そして、確実に「男性受難時代」は始まっていたのである。
女性の社会進出が当たり前になり、共働き夫婦が増え、ライフスタイルが変わり、「女性活用」に代表されるように、かつての「男性役割」を誇示するのはタブーとなった。
「父性」という言葉が死語となり、「一家の大黒柱」も死語になりつつある世の中で、「役割の喪失感」に、どうしていいのか分からない男性が増えているのである。
「男が偉かった時代」のノスタルジーに浸る
会社でも、家庭でも、「オレって、……何ナンだろう?」と、アイデンティティーを見失っている男性が少なからずいて、そういう人たちが、「男たちが偉かった時代」のノスタルジーに浸ることで、自分の存在意義を必死で保とうとしてしまうのだ。
「役割」は、生きていく上で、私たちが考える以上に、人間の生きる力を左右する要因である。
空の巣症候群に代表される、子育てを終えた40代女性たちの抑うつ状態。定年して社会的役割を見失った男性たちが陥る、燃え尽き症候群。などなど、役割の喪失感は、ときに心身を蝕むほどのダメージをもたらす。
その一方で、徳島県上勝町の“葉っぱビジネス”のように、農家のおばあちゃんやおじいちゃんに、葉っぱを収穫して売る、という「役割」を作ったことで、高齢者医療費を徳島県内で最低レベルまで押し下げた取り組みもある。
「役割がある」ことで、私たちは自分の存在意義と居場所という、生きていく力を支える大きな傘を手に入れることが可能なのだ。
80年代後半、スウェーデンでは家族法の改正があり、「男性による配偶者の扶養義務が廃止」された。
その結果、何が起きたか?
“一家の大黒柱”として妻や子どもを養うことに、男としての役割を見いだしていた男性たちが、役割の喪失感から、アルコール中毒や麻薬中毒になったり、抑うつ傾向に陥り仕事への意欲が低下したりしたケースが相次ぎ、社会問題化した。
そこで、救済センターを作り、「男性と女性の役割を考える会」という組織が政府内にできたのである。
羽をつけ、飛び立つことが許されるようになった“女性”たちの陰で、男性たちはひたすら毛繕いをしてもらえると信じ、待ち続けた。ホントは、男性たちも飛び回る自由があるのに、父性イデオロギーにがんじがらめになっていたのだ。
そして、「今の会社、辞めないで! 今のまま、がんばってよ!」と、転職を嫁にブロックされ、少しばかりホッとしたのではないだろうか。
だが、冷静に考えてほしい。女性たちが、夫に求めている役割は、ナニか? を。
某女性誌の編集に関わってきた知人によると、ここ数年、雑誌で夫婦関係を特集すると売り上げが激減し、通常の半数以下まで落ちるのだいう。
理由は、「妻たちの夫に対する興味が破滅的なまでに薄らいでいる」こと。“濡れ落ち葉”なんて夫用ワードも消滅し、視界にすら入らない。
男性向けの週刊誌で、「妻を喜ばすホニャララ」が特集し続けられているのとは、対照的だ。
おまけに、女性たちに「夫に求めるもの」を聞いたところ、1位「殴らない」、2位「定職に就く」、3位「やさしい」だったという。
最低限の常識的な“人”として、妻たちの人権を保護できる夫でいてくれさえいれば、それでいい、と。妻たちは、夫に「男らしさ」だの、「父性」だのは求めていない。
転職をブロックする妻たちも、「とりあえず私や子どもに、下手に迷惑かけないでくれる?」と言っているだけなんじゃないだろうか。
自分で決断することで力が引き出される
大体本気で、今の肩書きを捨て去り、裸一貫「新天地でがんばろう!」と考えたのであれば、妻の1人や2人説得できなくてどうする? それができなきゃ、いくつもの困難と向き合うことを余儀なくされる転職先で、うまくやっていけるわけがない。
「そうそう。だから、嫁ブロック。正解!」
……。そういう考えもある。でもね、大切なことほど、最後は自分で決断しないと。どんなに人に相談しようと、どれだけ迷おうとかまわない。だが、最後の決断を自分でする。決断することで、腹をくくる覚悟ができ、開き直ることができ、人間の誰もが秘めている、「困難を打破する力」が引き出される。
誰しもが「強くなれる」わけじゃないけど、人間には「自分で立ち上がる力」が潜んでいる。その力を使って、「自立すること」ができれば、いくつになっても人は成長し、不安社会を生き抜いていくことができる。
もっと、自分を信じてもいいのだと思いますよ。それが、最善かつ最高の「役割」を得る術でもあるのです。
それに「肩書きやステータス」を理由にブロックする嫁は、夫のことなど見てはいない。近い将来、なにがしかの理由でそのステータスが奪われたとき、どうなるか? 想像してみてほしい。
そして、女性たちも……、夫を好きになったときのまろやかな気持ち、一緒に前を向いて歩いていたときの心強さ。そんな温かな感情を、少しだけ思い出してほしい。
困難を打破する力を100%引き出すには、心の距離感の近い他者がそっと背中に手をあててくれることが必要なのだ。
2016年、一発目のコラム。前向きなテーマではなかったかもしれないけれど、少しだけこれを読んで下さった方が前向きになれればいいなぁと、思っています。
私も今年は、自分を信じ、前に踏み出すつもりです。引き続き宜しくお願い申し上げます。
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