F:ゴーンさんのようなお考えがある一方で、フランスの証券会社や銀行のエグゼクティブ、あるいは有名レストランのシェフなどが、それこそ一目散に日本から逃げていきました。

G:それは理解します。政府が避難しろと言っているのに、会社の社長が従業員に対して避難するなと命令することはできません。実際に何か被害が起こったらどうします? 私はその従業員とその家族に対して、大きなそして深刻な責任を負うことになるんです。あの時は政府が避難しろと言っていたわけですからね。企業として独自の判断を下すのは簡単なことではないんです。
 具体例を挙げましょう。例えば中東で紛争が起きた時、日本の政府から、エジプトや、リビアなどの国々には入るなという指示が出ました。あるいは避難しろと言われた。そうなると、そこに社員を派遣している会社の社長は日本人従業員に対して、政府の指示を無視しろ、そこを動くな、逃げるな、とは言えません。日本政府からの指示があれば、社長は日本人を避難させなければならない。そうしなければ、非常に大きな責任をCEOが負うことになってしまいます。日本の政府が避難しろと言っている中で強制的に残れと言うのは、とても厳しいですよ。
 結局は、社員が自分自身で決めることになるのです。企業はこういう時に立場がなかなか難しいんです。政府がこうしろと指示を出している時に反対することはできません。

一番の問題点は方向性が明確でなかったこと

F:なるほど。たいへんよく分かりました。ゴーンさんはマイクロマネジメントはよくない。マイクロマネジメントはなさらない主義であるとおっしゃいました。ゴーンさんがくる前の日産はマイクロマネジメントの会社だったのですか。

(写真:陶山 勉)

G:いや、そうは思いません。日産の一番の問題点は、方向性がはっきりしていなかったことでしょう。ビジョンがない、あるべき姿が分からない。だから優先順位も分からなければ方向性も分からなかった、ということです。これでは社員はどうしていいか分からない。どちらに向かって進めばいいか分からないじゃないですか。
 例えば社内で開発の議論をするとします。ある人間は「GT-R」をやると言う。またある人間はGT-Rなんかダメだという。技術的に開発は十分可能であると言う人間もいれば、いやいや無理だよと言う人間もいる。いくら会議を重ねても、コンセンサスが得られない。全員一致にならない。
 こんな議論をいくら長期間重ねても、いいクルマなど作れる訳がありません。なぜそのような状況になるのか。方向性がはっきりしていないからです。だからああでもないこうでもないと異論ばかりがぶつかり合って結果を下せなくなるのです。
 ではどうすればいいのか。トップが方向性を示すのです。GT-Rを作ることは私が決めました。私が責任を負って作りますと言ったんです。誰かが実際に立ち上がって「これをやるんだ」と明確に言わなければならない。これが我々のあるべき姿だ、と。優先順位はこれだ、と道筋を示したのです。それから全社の足並みを揃えることに時間を費やした。
 道筋を示す。これが欠けていたのが(ゴーン氏がCEOに就任するまでの)日産の弱点だったと思うんですね。方向性がはっきりしていなかった。一貫したものがなかった。だから足並みがそろってなかった。立ち上がって、道筋を示して、矛盾したものがないようにすれば良いのです。

 マネジメントするには、1つのことを追求しなければなりません。矛盾があってはならない。そして、その結果の責任を負わなければいけない。ご存知の通りGT-Rは走行性能を追求するために四輪駆動を採用したクルマです。四輪駆動は使用するパーツが多いため重量が重くなります。一方で、スポーツカーは車重が増えるのをできるだけ避けたい。四輪駆動を選んだ以上は、車重が重くなることを受け入れざるを得ない。これを決めるのもリーダーシップの1つです。あるメリットを享受するためには、1つのマイナス面も受け入れなければならない。どれを取ってどれを捨てるのかの判断を下す。それもマネジメントの重要なポイントです。