改造したエンジンはよく回りました

F:いくら仲の良い先輩と言っても、多田さんに「お前も来いよ」と言われただけで就職先を三菱自動車に決めたのですか?

:それも大きかったですが、やはりラリーをやりかったからです。何しろ当時の三菱自動車は、世界選手権に出ていましたから。三菱自動車は、昔からエンジンが頑丈でよく回ると言われていたんです。自分も学生時代に組んだドライバーが三菱自動車のA73(ランサー1600GSR)というクルマに乗っていて。当時のラリー界は、トヨタのTE27……レビン・トレノですね。それが積んでいた2T-Gというツインカムエンジンが全盛で、それに対して三菱自動車は(シングルカムの)ランサーで闘っていた訳です。

三菱自動車のA73型ランサー
三菱自動車のA73型ランサー
トヨタ自動車のTE27	型カローラレビン
トヨタ自動車のTE27 型カローラレビン

 三菱自動車の改造したエンジンはよく回りました。あのロングストロークのエンジンが9000回転まで回って、カン高い“ピューン”という音が山の向こうから聞こえてくる。すると、「あ、ランサーが走ってきた」と、すぐに分かる。

F:へえ、山の向こうからエンジン音でランサーと分かる。

:分かります。簡単に聞き分けられる。よく回ってしかも壊れない。三菱自動車はこんなに良いエンジンを作る会社なんだな、と学生時代にラリーを通して実感していました。しかも車体が軽い。軽いのに2~3回谷に落ちたってビクともしない。非常に軽くて丈夫なクルマを造っていた。これはすごい会社だなと。技術的に素晴らしいじゃないかと。本気でラリーもやっているし、多田さんにも誘われているし、これはもう三菱自動車しかないな、と。

F:なるほど。技術的に素晴らしかった。ラリーもやっている。しかも仲の良い先輩もいる。それで三菱自動車に。実際に入社されてからは、どのようなキャリアを歩まれたのですか。

:入社して希望を聞かれたときに、シャシー設計か実験をやりたいと言いました。エンジンもいいけれど、やはり軽い車体と足回りが生み出す操縦性にあこがれていたんです。だから足回りをやれたらなと。そうしたら、希望通りに実験部に配属になりました。当時は、ミラージュのグループです。初代のミラージュ。

三菱自動車の初代ミラージュ
三菱自動車の初代ミラージュ

F:とてもよく売れたクルマですね。

:はい。ミラージュのためにカープラザ(販売チャネルの一つ)を作って、大ヒットしたクルマですね。僕が入ったころは燃費のための休筒エンジンという、アイドリングとか低回転とか、エンジンに負荷がかからない時に、4気筒のうちの2気筒を休ませる仕組みです。そんなエンジンをやっていましたね。

F:実際にそれで燃費は良くなったのですか。

:ええ、なりました。それで実走行の燃費を計測して、「こんなに優れているよ」ということを論文にしました。“登用論文”という新入社員に課せられる論文があるんです。実用燃費を測ってみたりして、論文にしたことを覚えています。

 燃費の話が、出た。

 ここまでお話をうかがってきて、鳥居さんは三菱自動車を愛し、クルマを愛しておられることがひしひしと伝わってきた。それでは鳥居さんは、“あの”忌まわしい事件をどのようにとらえているのだろう。愛する三菱自動車の社内で、だれかが平気な顔をしてイカサマをはたらいていた。

 我が子のように慈しみ育んできた技術の結晶に対し、同じ三菱自動車の社員が、唾を吐き土足でふみにじった。結果、愛する三菱のブランドは地の底に落ちた。この悲劇を、鳥居さんはどのように受け止めたのか。

 次号から三菱自動車の燃費偽装事件について、同社のエンジニアに直接うかがった話をお伝えする。内容が内容だけに、今回ばかりはいつものように「お楽しみに!」とは締めくくれない。慎重に書き進んでいこうと思う。

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