音楽クラブの先輩に誘われて、ラリーに行ったら


 「三菱自動車の記事を書きます」なる私の“宣言”からずいぶんと時間がかかってしまったが、今回からお送りするのは三菱自動車のエンジニアインタビューである。今年1月に開催された「オートモーティブワールド」の会場で、三菱自動車の(恐らくは広報部所属の)若い社員から、「ウチのクルマも取り上げて下さい」と“直訴”されたのがキッカケであるから、高らかな宣言から既に8カ月が経過したことになる。大変長らくお待たせいたしました。

 お話をうかがうのは、三菱自動車の執行役員で車両技術開発本部長の鳥居勲氏である。鳥居さんへのインタビューは、こちらから“指名”でお願いしている。通常この手のインタビューを名指しでお願いすることはない。こうなった背景には、文字通りの紆余曲折があるのだが、そのエピソードは本文の中でご紹介していこう。

 では早速。三菱自動車の“明日”を握るエンジニアから、たっぷりとお話をうかがおう。


 インタビューは三菱自動車の本社会議室で行われた。部屋の右側、奥の方からマンちゃん、私、担当編集のY崎氏が座り、左側には鳥居さんを挟むようにして広報の男性が二人座っている。

 席に着いてしばらくすると、広報部長が入って来た。そして、「いやこの度はどうもどうも私は別件がありますのでこれで」と名刺交換だけをして出て行かれた。机の上にはICレコーダーが3台。マンちゃんと広報の男性の前にずらりと並んでいる。

 この会社は女性社員にお茶を運ばせたりする財閥系の企業にありがちな“悪しき風習”がないようで、お茶も水も出ない。インタビューが始まってしばらくしてから、広報の方の一人が抜け出してビルの下にあるスターバックスでアイスコーヒーを買ってきて下さった。ごちそうさまでした。美味しゅうございました。

 インタビューが始まる。私が質問する度に、広報の二人は忙しなくメモを取っている。完全なる“厳戒態勢”。ここまで空気の張り詰めたインタビューも珍しい。以前ホンダのエンジニアをインタビューした時などは、同席した広報の女性が大アクビを連発され、実にホノボノとしたものだった。会社によって、インタビューの雰囲気は大きく異なる。

フェルディナント(以下、F):はじめまして。フェルディナント・ヤマグチと申します。今日はよろしくお願いします。

鳥居(以下、鳥):こちらこそ、よろしくお願いします。ヤマグチさんの記事を読ませていただきました。

F:ありがとうございます。三菱自動車の方からお話をうかがおう、と話が持ち上がってから、鳥居さんにたどり着くまでに随分と時間がかかりました。実は鳥居さんを推薦してくださったのは、トヨタ自動車の多田(哲哉)さん、86(ハチロク)の多田さんなんです。

:はい。うかがっています。多田さんは同じ大学の先輩です。

F:多田さんと飲んでいる時に、「三菱自動車のインタビューを取りたいのだけど、なかなか色好い返事をもらえない」とこぼしたら、「それなら鳥居くんが良いよ。彼は僕の三菱自動車時代の後輩で、この春に開発部門の執行役員になった人間だから。今から連絡してあげる」と、その場で鳥居さんに電話をかけようとして。

:ははは、多田さんらしい(笑)。

F:「ちょ、ちょっと待って下さい。イキナリ当事者同士はマズいです。日経ビジネスの編集を通して、三菱自動車の広報に連絡を入れてからでないと……」って慌てて止めて。

:多田さんは名古屋大学の音楽研究会の先輩です。

F:え?え?多田さんが音楽を……!

:ご存知ないですか?あの人はクルマだけでなく、音楽に対する造詣がものすごく深いんです。昔はベースを弾いていたんじゃないかな。我々は音楽研究会の先輩後輩の関係です。何だか妙に気が合って、いろいろと可愛がってもらいました。ある日、多田さんから「ラリーを見に行こうぜ」と誘われたんです。岐阜の山の方に。

F:ははあ。音楽クラブの先輩に誘われて、山の方にラリーを見に。

:そこで砂煙を上げるクルマが横向きになって、ガーッとコーナーを抜けていく姿を見て、若い二人は「これだ!これしかない!」と(笑)。次の週には勝田(照夫)さんというトヨタ出身のラリー界の巨匠の所に、「チームに入れて下さい」とお願いをしに行きました。

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