86GRMNの開発に、章男社長が深く関わっていたのは前号でお知らせした通り。

 御大からスルドイ意見がビシビシ飛んで来るため、86GRMNの発売は、当初の目論見より1年も遅延してしまった。だが大変なのは“中”だけではない。

 何しろ86はエンジンから車体まで、その全てをスバルで製造しているのだ。自社製造のクルマにハイチューンを施すのとは訳が違う。“外”との交渉が一苦労。今回はその辺りから始めよう。

あのね多田さん。いったい何を言い出すんですか…

F:ヴィッツやiQなどで展開していた今までのGRMNは、すべてトヨタが社内で作ったクルマを、またトヨタがバラして組み直して作っていました。ところが今回の86は全く話が違います。

 何しろ100%スバル製。もちろん共同開発ではあるのだけれど、エンジンもボディも足回りも、何から何まで富士重工で作っています。しかもそれを完成車の形ではなく、製造途中のホワイトボディで持ってこようという、余計に面倒な手段を取っています。この辺りの背景を教えて下さい。

「社長、言うのは簡単ですが…」と言いたげな多田さん。
「社長、言うのは簡単ですが…」と言いたげな多田さん。

多田さん(以下、多):最初は86の完成車をスバルさんから持ってきて、テクノクラフトでバラして作れば良いかな、と簡単に考えていました。当初はスバルさんと特別にどうこう、という話では無かったんです。

 ところがある日、社長がやってきて、「多田君。このクルマはスバルで作っているよな。元になるクルマもトヨタで作った方が良いんじゃないのか」、という話をされて行った。元になるクルマをですか……うーん、と(苦笑)

 でも社長からそう言われたら、もうやるしかないじゃないですか。それでスバルさんに交渉に行ったんです。ウチでもこれを作ろうと思うんですけど、協力してもらえませんか、と。

F:どうでしたか、スバル側の反応は。

:「はぁ?」ってなもんです。あのね多田さん。いったい何を言い出すんですか、みたいな。

F:うわぁ……。

:水平対向エンジンを載せたクルマをスバルの工場以外で造るなんて、まったく議論の余地もない、と。

1台だって1万台だって同じ手間がかかる

F:ダメですか、それは。

:そりゃそうですよ。そんなことを聞くほうがおかしいんです。それは自動車メーカーとして当たり前の反応です。スバル以外のところで水平対向エンジンを載っけたクルマを造るなんて、その概念自体がダメなんです。

F:当初の契約では、そんな条項も入っていないし。

:契約にも入っていないし、そもそも契約以前に、多田さん、あなたいったい何を言ってんの。相談してくること自体がナンセンスですよ、みたいな。

F:何しに来やがった。帰れ帰れ!と。

:まあそこまでは言われなかったけど、非常に厳しい交渉が長く続きましたね。

F:最後に決め手となったことは何ですか。章男社長が直接交渉したとか。

:社長同士のやり取りも有ったと思いますけど、やはり僕らエンジニア同士の話し合いですよ。スバルさんにだって納得してもらわなきゃならないし、そこはやはり僕らがビシっとやらないと。

F:前にノーマルの86のインタビューをした際、トヨタの新しい直噴システムを、スバルの水平対向エンジンに載せるという話がありましたね。あの交渉も相当に難航したと伺った記憶があります。

:ああ、D-4Sね。あれと似ているけど、ホワイトボディ(無塗装でエンジンも足回りも取り付けていないドンガラ状態のボディの事)をトヨタに持ってくるのとは難しさのレベルが違う。次元の違う話です。だって工場が直接に関係してくるのだから。部品の納入先すべてに関係する話だからね。

次ページ 溜め息名人の多田さんである。