章男社長は、テストドライバーとして大変なレベルです

:実は今回、クルマの開発が進んでいく過程で、社長に何回もチェックをしてもらっているんです。

F:1車両の開発に、御大が自ら……そこまでやる。

:ええ。社長という立場ではなく、一テストドライバーとして開発にインボルブしているんです。

F:大変ご無礼を申し上げますが、尖ったクルマの開発ってものすごく大変じゃないですか。社長が開発陣に対してちゃんとした意見を言えるものなんですか。そこまで運転を分かっているんですか。何と言うのかな、大学病院の教授回診みたいに、儀礼的なものではないのですか。

:いやいや。社長はもうテストドライバーとして大変なレベルになっています。大変な努力もしていますし。

F:章男社長の師匠である成瀬さんは不幸な事故で亡くなってしまいましたが、その後はどうされているのですか。

:成瀬の弟子がいっぱいいますから。今でもその人達に習い続けています。どんどん上手くなっている。日に日に良くなっています。トヨタの役員の中では飛び抜けて上手いし、誰よりもクルマに乗っています。

F:そういえば、マツダでロードスターやRX-7を開発した貴島さんが、「章男さんは世界中の自動車メーカーの社長の中で、たぶん一番運転が上手い。世界一大きい自動車メーカーの社長が世界一運転が上手いのは実に目出度いことだ」と仰っていました。

:世界一かどうかは分からないな。例えばサーキットで速いとなると、やっぱりヨーロッパには凄い人がいるから。アストンマーティンの前社長とかね。自動車会社じゃないけど、レカロの社長はとんでもなく速い。

F:ははあ。レカロの社長……。

最初に乗った時、章男社長が「俺の片思いだな」

:まあでもレーシングドライバーみたいなことじゃなくて、開発ドライバーとして評価すれば、それはもう間違いなく世界有数のレベルですよ。この86GRMNの場合も、開発がある節目まで進むとチェックをしに来るわけですよ、そして毎回痛いところを突いていく訳。

F:チクチクっと(笑)

:そう(苦笑)。だから開発は本来より長くなっちゃって、1年ぐらい余分にかかっている。このGRMNの場合は。もちろんノーマルの86の時にもたくさん乗ってもらって、意見ももらったのだけど、あの時とは全然レベルが違うから。

 もう格段に上手くなっている。感覚も鋭敏になっている。一緒にフィンランドに練習に行ったときも、たまげましたね。氷上のラリードライブでも、自由自在にガンガン走っちゃう。えー!こんなになっちゃったの、みたいな。

F:どんなふうに言うのですか。章男社長は。

:僕ら怖いです。本当に痛い所にビシビシ来るから。これじゃダメだめだろうお前、みたいに言われますから。本人は相当抑えて、あんまり言わないようにしていると言いますけどね(苦笑)

 ああ言い方ね。何というのかな、概念的な言い方をしますね。このクルマだと、最初に乗った時は「俺の片思いだな」と。

F:それはどういう……。

:豊田社長は目標とするレースカーに自分で乗ってレースに出ていますからね。その味は誰よりも分かっています。それを再現してくれると思っていたんだと。熱い思いで期待して乗ったら、「俺の片思いだな」と。

F:キビシー……。

:出来ますよ。そりゃ、やれば出来ますよ。だってトヨタで実際にレースカーを造ってレースに出ているんだから、同じものは間違いなく造れるんです。でもそれじゃ無限におカネがかかっちゃう。

 それに、いくらレースカーの再現とはいえ、街乗りをするクルマです。一般道を走るとしたら、まあこんなもんだよねという常識が僕らにはあって……。だけどそんなものじゃダメだよ、と社長は言いたかったんでしょうね。

:俺はクルマと会話したいのに、いくら話しかけても無視している。だから片思いだと。だから面白くないと。俺は恋い焦がれているのに、こんなにクルマを愛しているのに反応が無いと。こう表現しました。

:もっと具体的に、ハンドルを切ったときの応答性が悪いとか、馬力が少ないよとか言ってくれれば、それはいくらでもやりようがあるんだけど、そう言われちゃうとね。これは難しい。

元町工場では、章男社長の悲しい“片思い”を解消するための補強部品が、次々と組み付けられていく。