みなさまごきげんよう。
フェルディナント・ヤマグチでございます。
今週も明るく楽しくヨタ話からまいりましょう。
みなさまご賢察の通り、新しいフェル号はポルシェになりました。
後ろのガラスハッチが開く珍しいタイプの911。そしてこれまた珍しいカラー。
少し地味なので、いろいろと手を加えようかな……なんて目論んでいたある日、虎ノ門のトライアスロンショップで自動車評論家の河口まなぶ氏に邂逅した。
F:お、まなぶちゃん久しぶりー。
河:どうもご無沙汰です。あのポルシェ、フェルさんのですか。超イケてるじゃないですか。
F:ありがとう。でもあんまりジミなんで、スポイラーを付けて色もちょっと青みがかった白に塗り替えて、いろいろイジろうと思っているんだよね。
河:はぁ?
F:いやだから、見た目をGT3っぽくさ……。
河:ダメです。あの流麗なフォルム。日本では殆ど流通していないあの希少なカラー。贅沢の極みじゃないですか。さすがフェルさん、いいセンスしてるわ、と感心していたら、改造して塗り替えるだなんて。冗談は顔だけにしてください。断固阻止しますよ僕は。
F:し、し、しかし……。
河:それに全塗装なんかしたら売る時にうんと安くなってしまうかもしれません。あのクルマを乗り潰すなら話は別ですが、どうせまたすぐに買い替えるんでしょう。前のクルマだって、「一生乗る」とか言っていたくせに。
F:あの……Gを買うときは大変お世話になりました。
河:ともかく本職の自動評論家の言うことを信じてください。ソンしたくないんでしょう? 変なコトをすると次に売るときに価格が爆下がりして大損こきますよ。
ということで、フェル号平成最後の大改造は見送りとなりました。百歩譲ってホイールだけは替えてもいいでしょう、と特別に許可をいただきました。俺のクルマなのに……。
週末はベンチャーキャピタリストである磯崎哲也氏のお船に乗せてもらって、幕張のエアレースを見物に行ってきました。
磯崎さんが運営しているファンドは、私が創刊号から執筆する「cakes」を運営する株式会社ピースオブケイクにも出資しています。ここの社長の加藤貞顕さんは、ダイヤモンド社であの『もしドラ』を出した敏腕編集者です。
免許取得以来初めて操船しました。もう少し乗らなきゃな。
前日まで雨の予想だったのですが、当日はまずまずのお天気で、そのうえ波も穏やかで、絶好の観戦日和となりました。
注目は今大会3連覇を狙う日本人パイロット室屋義秀選手。しかし残念無念。気合いが入り過ぎてしまったのでしょうか、垂直ターンの際に規定の12Gを超えてしまい、善戦むなしく無念の途中棄権となってしまいました。何年か前に、空自の練習機に乗せていただく際、地上で耐G訓練を受けた経験があるのですが、8Gであえなくグレーアウト(遠心力で血液が眼球と脳から引いてしまい、視野狭窄を起こし景色が白黒に見えてくること)になりましたからね。12Gなんて強力なGを受けたら、一発で気絶です。競技パイロットというのは偉いもんです。
幕張沖はご覧の通り大変な賑わいでした。室屋選手のDNFが決まると、半分以上の船がサッと引き上げてしまいましたが。
帰りは波が高くなって来たので、少し遠回りして京浜運河を抜けて戻りました。
ベイブリッジ越しに見る横浜の街が美しかった。
ベイブリッジ越しに見る横浜の高層街。船は渋滞がないからいいです。
帰りはそのベイブリッジが工事渋滞というオチでありました……。
おかげさまで充実した休日でありました。磯崎さん。ありがとうございました。楽しゅうございました。
さてさて、それでは本編へとまいりましょう。トヨタのタイ工場見学記の続編であります。
前号では、ハイラックスの日本向け生産の一次トライアルが終了し、生産開始までの4カ月の修正期間に「ボコボコにされた」というところまでお伝えした。その続きから始めよう。なお、今回もTMTの皆様のコメントは「TMT」で統一させていただく。何卒あしからず。
TMT:その4カ月は、一次トライアルで何か不具合が起きたときに対応するための「修正期間」として取ってあったのですが、実はそこで大変な思いをすることになりまして……。
F:大変な思い。それはどのような?
TMT:ボコボコにされたのです。
F:ボコボコにされた? 誰にやられたんです? タイの人ですか?
TMT:いえ、相手は日本人です。日本人にやられました。
F:日本人にボコられた。
TMT:ええ、もう完膚なきまでに……。ハイラックスは、日本に輸出する前から多くの国に輸出をしている実績のあるクルマです。ですが日本にこちらから輸出するためには、それなりの準備をしなければいけません。
F:ああ、排ガスとか。
TMT:排ガスはヨーロッパ向けと同じ仕様ですべてクリアできます。日本向けにやらなければいけないのは、マルシー検査とフレームの打刻と塗装の品質です。先に申し上げた通り、日本のお客さんは品質に関して特別に厳しいですから。
F:マルシーって何ですか?
TMT:国の法規による車検を、出荷前にメーカーの工場で肩代わりしてやりましょう、というものです。国と約束して、決められた検査項目を我々がすべてチェックするわけです。国との約束ですから、これはキチンと責任を持った人がやらなければいけません。
F:あー! あの日産とかスバルが無資格の人にやらせていたという例のアレですね。
「言っていないことを書かないでください!」
TMT:……タイにはもともと車検という制度そのものがありませんから、日本のようなマルシー検査員などが不要でした。だから日本向けに新しい仕組みを作らなければいけなかったのです。
F:国との約束で検査をするとなると、国家資格が必要になりますか?
TMT:いえ。国家資格は不要です。社内資格ですね。
F:それじゃあの2社は、社内資格がない人に検査をやらせていた、ということですか。そりゃ国交省は怒りますよね。あんたらを信用して任せていたのに、ナメてんのか、という話で。
TMT:……そういえば我々が日本にハイラックスを輸出するに当たり、日本の国交省の方に来ていただいて認証を受けたのですが、その方が記者会見でテレビに出ておられました。ウチに来ていただいたのは、ちょうどあの事件の直前だったので。
F:へぇ! 国交省の人がここまで来たんですか。
TMT:ええ。認証を受けるために。厳しくご指導をいただきまして。
F:威張っているんでしょうね、そういう人は。民間を見下したような態度で。
TMT:いえ。威張ってなんかいません。とても紳士的な方でした。
F:ホントは威張っていたでしょう。藩から年貢米の検査に来る役人みたいに。オイコラ民間人、みたいな(笑)。
TMT:威張ってません! 威張っていませんから!! 変なふうに書かないでください!!! ともかくですね、我々は特別に「日本向け」のクルマだけを抜き出して、特に厳しく検査もして、何か不足があればすぐに修正できるようにしました。工場としては自信満々で試作車両を日本に持って行ったのです。
F:日本のお客さんを満足させられるかどうか、事前に見てもらうためですね。
TMT:そうです。内覧会のようなことをやりました。それではここからは実際にクルマを見ていただきながらお話をしましょう。玄関ホールに、実際にボコボコにこき下ろされた現車が展示してありますから。実際にフェルさんの目で見て、手で触って、そのクルマの仕上がりを確かめてみてください。
バンポー工場の玄関に置いていあるハイラックス。囲むTMTのみなさんは笑顔だが、その陰には涙なしには語れないストーリーがあるのだ。
会議室を出て、先に通ってきた玄関ホールに移動する。そこにはピカピカに磨き上げられた青いハイラックスが置いてある。パッと見はもちろん何の問題もない。よく見ると、ボディの何カ所かに付箋が貼ってある。その付箋部分が日本で実際にクルマを販売する、ディーラー諸氏に指摘された部分、というわけだ。
「これでどうだ!」と思ったらボッコボコに
TMT:付箋を付けたところが指摘された部分です。パッと見て分かりやすい部分だけを5カ所ほど取り上げていますが、実際に指摘された箇所は100カ所以上になります。
F:ひゃ、100カ所ですか? ここはアカン、と言われた場所が100カ所もあるのですか? これはあの……日本に持って行く前に、日本人のエンジニアも見ているのですよね。
TMT:もちろんです。我々全員が、不具合点を見つけ出そうと文字通り目を皿のようにして懸命に探しました。ここはダメだよね。これじゃ日本のお客さんは納得しないよね、と散々やりあって、ここまでやったらもう大丈夫。それこそ「これでどうだ!」と、自信満々で日本に持って行ったんです。ところが結果はお話した通り。100カ所もダメ出しをされて、「こんなんじゃ日本では売れないね」と。散々な結果でした。我々ローカル一同、自信を失って意気消沈して、ガックリうなだれて帰国したんです。
F:みなさん日本で生まれ育って、日本のトヨタでも長く働いて、それでここに来ているわけですよね。失礼なことを言いますが、こちらでノンビリ暮らしていて、目が鈍ってしまったということでしょうか。
TMT:僕らはどこで働こうともトヨタマンです。鈍るということは絶対にありません。ですが、販売店の方々はお客さんと直接コミュニケーションを取られているので、やはり「お客様目線」なんですよね。僕らはこちらでハイラックスをトラックとして作っていたのですが、日本ではハイラックスはトラックではなく、乗用車だったんです。乗用車のレベルを求められている。
F:問題点の指摘というのは、みなさんの目の前でやられるわけですか。
TMT:ええ、直接お話しながら。あれダメこれダメそこもダメ、と。なにこれ雑だなぁ、と。目の前でバシバシ指摘されました。みんなの顔色がどんどん悪くなっていくのが分かりました。終わった頃にはもう全員顔面蒼白で……(苦笑)。
F:ちょっと付箋の部分を見せてください。えーと……。
100カ所の指摘は、騒音・振動・ハーシュネス(ガタピシ感)に関する事項はひとつもなく、すべて塗装やボンディング等、「見た目」に関することだった。タイ人の耳は日本人以上に鋭敏で、「音に関しては、こちらの人に任せておけば間違いない」とのことだった。
で、その指摘部分。付箋の周囲をジックリ見ても、何が悪いのかサッパリ分からない。
F:えーとあの、どこがどのように悪いのでしょうか。よく分からないのですが……。
すみません。付箋のところを見ても、まったくなにも気づけません。
TMT:ここですここ。左側から見ると、ちょっと塗装が曇って見えるでしょう。光を当てると分かりやすいかな。
えええっ? これですか?
F:(角度を変えながらLEDライトで照らしてくださった)……これ、これですか? まさかこれのこと?
TMT:これですこれです。ここだけちょっと塗装が曇って見えますよね。
ボディ中央部。荷台とキャビンの境目部分にも付箋が。
F:……これ素人がコンパウンドで擦ったって10秒で消えませんか……。
TMT:5秒で消えると思います。でもこれがイカンのですよ。あとはここです。キャビンと荷台の境のエンド部分。ちょっとシワシワになっていますよね。
赤丸の箇所のシワがお分かりになるだろうか。細か過ぎます。これを見つけた人はディーラーを辞めて麻薬捜査官になったほうがいいと思う。
F:金属を絞ればシワになるのは当たり前じゃないですか。ていうか、こんなとこ誰も見ないし(笑)。
TMT:それじゃダメなんですよ。見えないところまでキレイに仕上がっていなければダメなんです。それが日本のお客さんの要求される乗用車のクオリティです。トヨタではそれを「見栄え品質」と呼んでいます。
F:「見栄え品質」。そんな言葉があるんですね。
TMT:はい。見栄え品質に関しては、日本が間違いなく世界で一番厳しいです。逆に走る、曲がる、止まるとか、異音だとかという方面では、全然ご指摘がないんです。
F:うーむ……。
荷台にも求められる「見栄え品質」
TMT:荷台のこちらは先に答えを言っちゃいましょう。盛り上がった筋の部分が少し波打っていますよね。ここは溶接痕の上を樹脂でシールドしているのですが、その糊付け部分がピシッと真っ直ぐになっていないと指摘されまして。
アップで撮ったので大きく見えるが、実際には横幅5mm程度。黙ってベッドライナー(荷台保護マット)買ってください。
F:だってここは荷台じゃないですか。丸太とか撃った鹿とかを載せるんじゃないんですか?
TMT:その考えじゃダメなんです。日本では荷台もボディの一部なので、塗装もシールドもピシッと整っていなければいけません。
F:これ……実際は殆どの人がベッドライナーを敷くから見えませんよね。それに本来は野山を走るクルマじゃないですか。木の枝で横をこすったりしたら、もう一発で傷が付いてアウトですよね。
TMT:そうなんです。それを考えると我々も辛いんですが……まあ丸太も鹿も積まないし、野山も走らないシティユースのお客様が大半なのでそこは……。それはともかく、日本で100カ所を超えるご指摘を受けて、我々も大いに発奮して、ここにいる製造責任者のアピノン(スシーワボリポン氏:Executive Vice President)さんに旗を振ってもらって、「品質確認指摘ゼロ」を実現したんです。日本向けの輸出に関わる社員には特別なユニフォームやバッジを与えたりして、モチベーションの向上にも努めました。「俺は日本輸出に携わっているんだぞ」と、誰が見てもひと目で分かるようにして。
F:すごいなぁ。日本向けに選りすぐりの精鋭スタッフが作り上げる、特別なハイラックス。いいお話です。
TMT:いや。でも本来はそれじゃダメなんです。我々TMTとしては、全然いい話ではありません。威張れる話じゃないんです。
F:え、どうしてですか。いい話ですよ。聞いていて気持ちがいいもの。
TMT:本来は、ラインに流れているどのクルマを取り上げても、またどの社員が組み立て仕上げたクルマであっても、そのまま日本に送れるようにならなければいけませんよね。
F:あー……。
TMT:だから僕らは、今は過渡期だと思っています。次のステップは、ここで作るすべてのクルマをそのまま日本に送っても大丈夫な品質にまで高めていくことです。それが当たり前にできるようにならないと、レクサスも作れませんから(笑)。
日本のディーラーから食らった100カ所ものダメ出しは、TMTにとって100本ノックであり、その地獄を乗り越えた彼らは、鉄の強靭さを得た。
鍛えなければ強くならない。人間も工場も同じことだ。
と、ようやくこれから安全靴に履き替えての工場見学だ。
これがまたすごいんですよ。
それではみなさままた来週。ごきげんよう。さようなら。
こんにちは、AD高橋です。
トヨタ・モーター・タイランド(TMT)で製造されたクルマを日本に輸入しているハイラックス。このような海外生産車は他にもあります。
2016年8月に正式発表された2代目NSXは、アメリカ合衆国オハイオ州のメアリズビル四輪車工場に隣接するパフォーマンス・マニュファクチュアリング・センターで生産されています。この工場は「最先端の生産技術とクラフトマンシップの高度な融合をコンセプトに、熟練した約100名の従業員がボディ製造、塗装、最終組み立てまでを担当」しているとのこと。NSXは開発もホンダR&Dアメリカズのオハイオセンターで行われました。
2017年7月に日本での発売開始がアナウンスされたシビック。ハッチバック、セダン、タイプRが同時に導入されましたが、ハッチバックとタイプRはイギリスのウィルシャー州スウィンドンにあるHonda of The U.K. Manufacturing Ltd.で生産され、日本に輸入されています。セダンは埼玉県にある寄居工場で生産されています。
2012年10月から一般向けに発売が始まった100%電気自動車、日産e-NV200。モーターで走る商用車で、たくさんの荷物が積めるだけでなく、1000Wの消費で約15時間外部に給電できる蓄電池機能も備えています。e-NV200はスペインのバルセロナにある日産モトール・イベリカ会社が生産を担当し、各国に輸出しています。
日産の世界戦略車のひとつで、アジアや南米などで生産されているマーチ。日本仕様はタイのサムットプラーカーンにあるタイ日産の工場で生産。日本に輸入された後は追浜工場で納車前検査を行っています。
小型のワンボックス/トラックとして長い歴史があるトヨタタウンエース/ライトエース。現在発売されているのはインドネシアのジャカルタにあるアストラ・ダイハツ・モーターが製造するグランマックスというモデルを日本向けに仕様変更したものになります。
軽自動車だけでなく、スイフトやイグニス、クロスビーなどの小型車にも力を入れているスズキ。現行型SX-4 S-CROSSはハンガリーにあるマジャールスズキで生産が始まり、2015年から日本でも販売されるようになりました。過去にはマジャールスズキで生産したスプラッシュというハッチバックが輸入されたこともあります。
2012年、12年ぶりにその車名が復活した三菱ミラージュ。生産はタイのバンコクにあるミツビシ・モーターズ・タイランド。デビュー時、日本仕様は1L3気筒のみの展開でしたがイマイチ盛り上がらず、2014年12月には1.2Lエンジンを追加。そして2015年12月のマイナーチェンジでエクステリアにメッキを多用し高級感をアップさせています。
この記事はシリーズ「フェルディナント・ヤマグチの走りながら考える」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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