生産台数が少ないクルマは開発費が大きく響く
椋:開発費は工夫をすれば削ることが出来ます。例えば試作車を作るとする。具体的な金額は言えませんが、試作車ってマジで大変なカネがかかるんです、たった1台作るにしても、ハンパな金額じゃありません。
何しろ初期の段階では、殆ど一品物の特注部品で組み上げていきますからね。考えてみてください。新たに型を起こしてヘッドランプを左右ワンセットサプライヤーさんにお願いしたら、いったい幾らの金額がかかるのか。でもそのヘッドランプって、衝突の実験とか、耐熱とか耐候性の実験には必要ないですよね。

空力の実験には同じ形状、同じ重量のヘッドランプが必要だけれども、すべての実験に必要な訳じゃない。そうしたらそこは削ってしまえばいい。不要なものをリストアップして、自分たちの工夫や我慢で削れるものは、片端から削ってしまいます。あれ?今の段階でナビのディスプレイなんて必要だっけ?要らんわな、みたいなアイデア出しを延々とやりました。
F:今まで他のクルマではやっていなかったのですか。コストダウンは各車両とも至上命令でしょう。
椋:今までの試作車はここまでやっていなかったでしょうね。ナビのディスプレイにしても、付いたままだったと思います。だって他のクルマは生産台数がハンパじゃなく多いですから。
エアコンの吹き出し口の原価を1台当たり2円下げると、20万台作れば40万円浮いちゃいます。吹き出し口が4つあれば、それだけでもう160万円。全ての車両に取り付ける部品のコストを下げるのは原価圧縮に効きますが、開発費は台数が多くなればなるほど薄まって行きますから、トータルの原価には余り響かないんですよ。
溶接は3往復…コストダウンのために
F:なるほどそうか。生産台数が文字通り「桁違い」ですものね。今は日産何台でしたっけ?
椋:いまは1日に48台製造しています。そうそう、製造といえば、コストダウンに関しては製造部分にもかなり頑張ってもらいました。新しいクルマを作るには工場に新しい設備が必要になります。設備投資ですね。この投資をできるたけ抑えて生産する方法を考えてもらいました。
F:ははぁ。製造部門にも……。
椋:例えば溶接です。普通溶接って、こうクルマがびゅーっとラインに入って行くと、横から溶接ロボットが出てきて治具でロックしてバン、バン、バンって留めて行くのですが、その専用治具を作るとこれまた法外にカネがかかる訳です。日産48台のクルマに専用の治具なんか起こした日には、1台あたりに一体いくらのコストがのし掛かるか……。
だからS660は、1回マシンに入れて、バチッと付けてから1回引き出すんですよ。また外で部品を付けて、もう1回入れてバチッと付ける。これを3往復ぐらいさせるんです。時間はかかりますが、これなら新たな投資は殆ど必要ない。
F:なるほど。ラインを一回通るだけでバンバンバンと連続溶接はできないけれども……。
椋:片道を一回通るだけでは出来ないけれども、何回か往復させて、一回一回溶接してあげれば結果は同じ加工ができちゃうんです(溶接・組み立て工程の動画はこちらのページからご覧になれます)。時間はかかるけれども、そこまで急いで大急ぎで作るクルマじゃないんで。
F:同じことをフィットでやろうとしてもダメですよね。
椋:そりゃダメです。叱られちゃう(笑)。あとはドアの窓枠の部分。ここは一枚のハイテン材の板からバーンとプレスで抜くんですが、抜いた内側の部分は丸々廃材になっちゃうんです。他のクルマなら捨てちゃうんですが、僕らはそれを回収して他の部品に回したりとか、そんな細々した事までやりました。
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