しばらくひとりポツンと待たされる。手持ち無沙汰でスマホを覗くと、担当編集マイトのYからいつものように「いい加減にしてください。約束は昨日の朝ですよ」と、怒りの催促メールが届いている。うるせえ。今それどころじゃないんだよ。

 程なくして、タブレットを携えた先の副店長さんが戻って来た。

:お待たせしました。本部から価格が届きました。

F:いくらになりますか?

:えーと、619万ですね。

F:……は?……。

:ですから、買取価格は619万円です。

フェル、顔面蒼白

 副店長さんは、無慈悲な医者がガンの告知でもするような口調でそう言い放った。
 あのねぇ、日本人の死因は悪性新生物、つまりガンが第1位。あんただけじゃないんですよ。でもまぁまだ早期ですから希望はあります。オペの日程を決めましょう。はい次の患者さん……そんな感じだ。

 顔面からさらに血が引いていき、背中に冷たい汗が走る。舌先が痺れてきた。2年と少しで500万円もスッてしまったのか。気が遠くなる。

F:あ、あの……先程650万とおっしゃったのは……。

:ですからあれは基準値です。ミラーの交換をしなければいけませんし、フェンダーの塗装も必要です。店頭に並べるまでには、いろいろとコストがかかるもので……。


 とてもこの価格では納得できない。アチコチ回るのは面倒なので、1軒目で決めてしまおうと思っていたのだが、考えを改めねばなるまい。

F:もう少し高く売れるものだと思っていました。他の業者さんと比較しますので、いったん保留させてください。

:……いくらなら売るのですか?

F:は?

:ですから、いくらでなら売却をお考えですか? 我々としても、どうしてもこのクルマは買わせていただきたいので。希望価格をおっしゃってください。


 交渉の余地があるということか。それにしても、「いくらで買います」ではなく、「いくらなら売るか?」という言い草はどうなのか。

F:売る方としては、もちろん高いほうがありがたいです。800万……いや、850万円でどうでしょう。

 私がそう言うと、「それは店頭販売価格ですよね」と副店長さんは鼻で笑うように言った。この人は客商売に向いていないのではないか。それから本部にもう一度聞いてきます、と言って席を立ち、3分ほどして戻ってくる。

:700万でいかがでしょう。この場で決めていただけるなら、700万円で買い取ります。

「比較サイトに電話すると大変なことになりますよ」

 一声で81万も跳ね上がった。価格が上がるのは嬉しいが、一声で13%も上がるとなると、逆に不信感が湧いてくる。それでは最初に言った値段は何だったのか。

F:やはり他の業者さんと比較をしたいです。今日はこれで失礼します。

:どこへ行かれても同じことですよ。結局はみんなオークションに出すのですから、最終的に値段はどこも同じになるんです。

F:複数の会社が同時に見積もり価格を出してくれるサイトがありますよね。あれを試してみようと思います。

:あれに頼むと、電話がジャンジャンかかってきて大変なことになりますよ。結局クルマを見ないと値段は出せませんから、10社に頼んだら10社が順番に来るわけです。あと、小さな業者は、初めにうんと高い価格を提示しておいて、あとから「二次査定の結果、100万円安くなります」とか平気で言ってくるので気を付けてください。クルマを渡してしまってから言ってくるのですから、お客さんとしてはどうしようもありません。この業界、本当にいい加減な業者、悪質な業者が多いんですよ。

F:二次査定。そんな言葉があるのですか。

:他にも本来なら月割にして返すべき自動車税を返さなかったり、預かったクルマで事故を起こして価格が下がりましたと言ってきたり、酷い会社が結構あるんです。

F:つまりB社とか、大きな会社で売ったほうが安心ということですね。

:B社さんは輸入車弱いですよ。あそこは国産専門と思ったほうが良いです。正直な話、これ以上の価格は他では絶対に出ないですよ。ウチも本当に頑張っている値段ですから。

「いま現在」の価格で押してくる

 他では絶対に出ない。そこまで言うか。ますます不信感が湧いてくる。

F:一応他の会社も当たらせてください。本当にA社さんが一番であれば、こちらに戻って来ますから。

:いまお伝えした値段は、あくまでも“いま現在”の値段です。来週になればまた変わります。基本、中古車価格は下がり続けるものなのです。いま決めていただければ、この値段を保証しますので。