名車LS(日本名セルシオ)を引っ提げて、レクサスが米国でブランド展開を始めたのが1989年。今から30年近くも前の話である。どんなに品質が向上しても、またどんなに性能が優れていても、「安価な大衆車」なるイメージを長らく払拭することができなかった日本製のクルマはしかし、レクサスの登場により、その見方を大きく変えられることとなった。レクサスは、「エエ物はエエ」というアメリカ的合理主義に大いに歓迎され、初年度から1万台超という見事なセールスを達成したのである。

 北米で着実にブランドイメージを構築し、向上させてきたレクサスは2005年。満を持して祖国日本に逆上陸することになった。しかし逆上陸当初、日本のマーケットは極めて冷淡だった。「トヨタのバッジを付け替えただけ」とまで言われる始末だった。

 逆上陸から今年で12年。最近何となくレクサスがイケている。欧州車から乗り換える人も出始めている(このことについては、後日掲載するRXのユーザーインタビューで詳しくお話しよう)のだ。今回のインタビューでは、RXという個体に限らず、広くレクサスというブランドについてもお話いただいた。

 お話を伺うのは、レクサスのチーフエンジニアである加藤武明さんである。

F:はじめまして。フェルディナント・ヤマグチと申します。今日はよろしくお願いします。

加藤さん(以下、加):こちらこそ。よろしくお願いします。

F:先週までレクサスRXをタップリと試乗させて頂きました。人と荷物を満載して、高速道路を走り、雪道も走りました。細かいケチを付ければキリがありませんが、レクサスもいよいよ世界的なクルマになってきたな、というのが正直な感想です。とても良かったです。

:ありがとうございます。

F:今回のモデルチェンジは4代目、レクサスが逆上陸した当初、RXは「ハリアー」という名前で、トヨタのブランドでも売っていました。中身は同じクルマなのに、バッジを替えて100万円以上も価格差を付けて売っている、と悪口を言われていました。

:RXは、先代の3代目から、ハリアーとは全く別のクルマになりました。2代目のハリアーは2003年に立ち上がっているのですが、日本ではレクサス店が2005年に開業した後、2009年に3代目RXが登場して、国内でも初めてRXという名前で出した時に2代目ハリアーと併売していました。2012年ぐらいまでです。つまり世界的に見ると、2代目から3代目にバトンタッチしているのですが、国内だけで見ると、2代目というか、ハリアーが残っている中で3代目が立ち上がっているんですね。

F:併売していた。トヨタでハリアーを売りながら、レクサスでRXを売っていた、と。