前回の記事では、磯部さんが日産の欧州戦略車に位置付けられているキャシュカイの開発から、セレナの担当に異動された時の心境について伺った。キャシュカイの主戦場はヨーロッパ。当然走りが重視されるクルマである。そこから、日常の使い勝手のためのギミック重視のクルマへの異動となれば、内心忸怩たる思いが有ったのではないか。

 今回はクルマ作りに対する思いと、そこから落とし込まれたセレナの具体的なプランニングについて伺っていこう。

日産自動車第二製品開発本部第二製品開発部第三プロジェクト統括グループDCVE、磯部博樹さん
日産自動車第二製品開発本部第二製品開発部第三プロジェクト統括グループDCVE、磯部博樹さん

F:(キャシュカイの開発担当から、セレナの担当になったということですが)、とても失礼な事を伺いますが、走りメインで数も桁違いに出る欧州戦略車をやって来た磯部さんが、コンビニ袋が車内に何個掛けられるとか、ドアが自動で開いてお買い物に便利といったセレナのご担当にアサインされたとき、いまさらこの俺様が女子供相手のクルマの開発なんか出来るかよ、というお気持ちになりませんでしたか。

:いや、違う。それは違います。フェルさん。それはエンジニアの気持ちを分かっていない。エンジニアってそうじゃないんです。僕らはそういう発想で仕事をしていないんですよ。

F:ではどのような…。

:フェルさんの言う通り、確かにキャシュカイは欧州がメインで足回り重視。一方のセレナは国内向けで生活に密着したクルマです。しかし、それぞれのクルマにはそれぞれに異なる要求がある。乗る人も走る道も、何もかもが違います。それを限られた条件の中でしっかりと満たしていく。それこそがエンジニアの腕の見せどころです。そもそも同じようなクルマばっかり開発したって面白くないですよ。「俺はぜったいこっちだ!」なんて固まらないで、いろいろやったほうが面白い、そのほうが絶対に面白いですよ。

他の日産車とセレナだけが違う点

F:なるほど、言わば両極端のクルマを担当された訳で。

:そう。欧州でもずっと使っている人たちをたくさん見て開発に生かしてきましたけれど、日本の方が、スーパーマーケットで、「ああ、主婦の人はああやって使っているんだなぁ」とか。日本の駐車場は狭いから、「両手がふさがった状態で買い物袋を提げて足でピッと扉を開けられたら便利だな」…というのはすごくイメージしやすいじゃないですか。

F:確かに。仰る通りです。

:普通、クルマのコンセプトをつくるときは、「フォーカス・ターゲット・カスタマー」というのを1人決めるんです。その人のデモグラフィック(人口統計学的属性)を含め、何歳で、どういう仕事をしていて、趣味は何で、子供は何人いて、週末はこんな遊びをしに行っている…….。みたいなことを、1人ピシっと決めて、「その人が使うんだったら、こうした方がいいよね」というのを最初に決めるんです。キャシュカイも、エクストレイルも、ほかのクルマはみんなそうやって決めているんですね。

F:1人?ターゲットを1人だけに絞るんですか?

:そう。1人です。1人の人間をイメージして、その人が最高に喜ぶクルマはこうだよね、という作り方をしていきます。例えば先代のキャシュカイでいうと、イタリア人のナントカさんという名前が付いていて。

F:へー! どんな人なんですか?そのイタリア人のコルレオーネさんは。

ADフジノ:勝手に名前を付けないで下さい。誰ですかそれは。

F:ゴッドファーザーの主役じゃないの。コルレオーネ・ファミリー。

ADフジノ:イタリア人だからだって…短絡的すぎますよ…。

担当編集Y田:…いいからインタビューを進めて下さい…。

:ちょっと具体的には言いにくいことなのですが、年齢は40代です。年収はもちろんのこと、具体的な職業から週末の趣味、家族構成までぜんぶ。それでこのお客さんに“刺さる”のはこういう走りだよね、と決めていく。

F:面白い。すべての日産車がそうしているのですか。

:そうです。日産車全て。

F:マーチもシーマもキャラバンも?

:全部そうです。ところが今回のセレナは、フォーカス・ターゲットをファミリーにしたんです。1人じゃなくて、核となる家族と、おじいちゃん、おばあちゃんまで含めた家族をターゲットにした。

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