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 パパ社長の悩みは深い。
 だから彼らは、今日もほかのパパ社長とツルんでは愚痴を言い合い、互いを慰め合っている。

 なるほど。
 実は、自分もパパ社長だ。

 私の父親は小さな木工所を経営する零細企業の社長だった。
 そして、あらためて振り返ってみるに、私がふだんから親しく行き来している友人は、あらまあびっくりほとんどすべてがパパ社長なのである。

 パパ社長はパパ社長としか飲まない。
 パパ社長はパパ社長同士の集団でしかくつろぐことができない。
 まるでわれわれは異国で暮らす民族ではないか。

 ……というこの原稿は、仲間内のパパ社長の間で、大変に好評だった。

 「おい、こないだのあのパパ社長の原稿良かったな」
 「オレ、涙が出そうだった」
 「はじめてお前の原稿読んで共感したぞ」

 非パパ社長の読者があれを読んでどう感じたのかはわからない。
 というのも、非パパ社長とパパ社長の間には見えない壁があって、お互いに率直な言葉を交わし合うことが大変に少ないからだ。

 どうしてこんな古いネタを持ち出したのかというと、ワセダの先生方との食事会の帰り道でつらつら考えるに、もしかして、現代のワセダの学生たちの驚異的なお行儀の良さは、パパ社長の比率の減少に由来しているのではなかろうかという仮説に思い至ったからだ。

 パパ社長(非サラリーマンの子弟)は、30年前の段階で既に少数派ではあった。
 が、私が子供だった当時は、まだ日本の就業人口に占める給与生活者ないしは被雇用者の割合は、たぶん5割ほどだったはずだ。

 私はこういう場面で自説を補強する統計データを探しに行くことはしないことにしている。
 それをしたら、ニセ学者になってしまう。

 なので、ここから先は、あくまでも私個人の印象であって、エビデンスはないということを申し上げた上で話を進めるつもりなのだが、ともかく、戦後70年の間、わが国の就業人口に占める給与生活者の割合は、一貫して高まっている。

 ということはつまり、パパ社長は昭和から平成にかけて確実に減少しているわけだ。

 私は、個人的に、昨今の学生のお行儀の良さと、若年層の政権支持率の高さ(これについては、この12月のはじめにTBS系列が、JNNの調査として、18~29歳の男性の73%が内閣を支持しているとする調査データを紹介している)は無縁ではないと思っている(ソースはこちら)。