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 当該のテキストが手元にないので、記憶から書き起こすと、ざっと以下のような話だ。

 当時、私は、四谷の荒木町にあるスナックに時々顔を出していた。その、店内に白いアップライトピアノを据えたカウンター8席+テーブル席10人分ほどの小さな店の常連客の中に、ちょっと風変わりな人々がいた。

 「○○商事パパ社長会」

 という名前でボトルをキープしていた彼らは、名前を聞けば誰もが知っている都心にオフィスを構える一流商社の社員だった。

 そのパパ社長会の面々は、商社マンとしての自分たちの暮らしにいまひとつ適応しきれていない人々でもあった。
 というのも、彼らは、“生まれつきのサラリーマン”ではなかったからだ。

 「パパ社長会」の入会資格は、ただひとつ、「パパが社長であること」だった。

 もう少し詳しく説明すると、自分で自分の口を養っている独立自営の父親のもとで大人になった人間だけがパパ社長会の会員になれるということなのだが、ここで言う「社長」は、必ずしも文字通りの「社長」でなくてもかまわない。たとえば個人タクシーの運転手や、おでん屋の店主や、鉄工所のオヤジであってもかまわない。もちろん画家でもキャベツ農家でも漁師でも失業者でも差し支えない。どんな職業であれ、会社に出勤して月々の給料を貰っているサラリーマンでない人間であるのならば、その父親は「社長」と見なされ、彼の子供は「パパ社長」の会員資格を得る。

 で、その非サラリーマン子弟であるところの「パパ社長」の会員の面々(以下煩瑣なので「パパ社長」と表記します)は、毎度その店に集まっては、会社員生活に伴うこまごまとしたマナーについて怨嗟の声を分かち合っていたのである。

 パパ社長たちは、懇親会や歓送迎会といった非公式の社内行事のいちいちに苛立ちをおぼえる。

 「冗談じゃない」
 「どうして給料も出ないのに上司やら部下やらと同席しないとならないのか」
 「自腹で説教されるとか信じられない」

 と、どうしても不満をかかえてしまう。

 会議も大嫌いだし、そもそもネクタイや背広を身につけることにいつまでたっても慣れることができない。

 その点、サラリーマンの家で生まれ育った第二世代以降の純血種サラリーマンたちは、上司や部下との家族ぐるみの付き合いや、冠婚葬祭にともなうしきたりやタブーといった勤め人の「常識」を、骨絡みの生活感覚としてあらかじめ身に着けている。

 対照的に、非サラリーマン家庭の環境からサラリーマン生活に参入した外様のサラリーマンたるパパ社長たちは、電話に出る時の第一声の発し方から、休日出勤のためのマインドセットの作り方にいたるまでのあらゆる組織人としての身の処し方を、ゼロから学びはじめなければならない。

 であるからして、パパ社長は、サラリーマン子弟である純血種の商社マンがごく自然に上司の引っ越しの手伝いを申し出るその身のこなしのエレガントさに、うらやましさと軽蔑の両方を感じつつ、その自分の抱いているアンビバレントな感情の浪費具合にうんざりするのである。

 もしかしたら、自分自身の休日を無給で上司の私用に供されることに憤懣や屈辱を感じてしまう自分たちは、異常な人間であるのかもしれない。してみると、その種のノルマをあたりまえの義務として飄々とこなしている同僚たちの方が、人間としての練度が高いということなのだろうか。