ところが、この大会は、いつしか、熱狂した観客による暴力事件やトラブルに見舞われるようになった。これに業を煮やしたFIFAは、1980年からは、中立地である日本での一発開催でこの大会を存続することにした。

 ちなみに、開催地に日本を選んだのは、治安が良いことと、資金的な余力を備えていたことが理由だったと言われている。

 この日本での決勝大会は、大会をスポンサードしたトヨタの名前を冠して、1980年から2004年まで「TOYOTA CUP」という名前で、世界のクラブチームサッカーの頂点を決める大会として、広くサッカーファンに知られることとなった。

 2005年からは、Wikipediaの解説に

「2005年からインターコンチネンタルカップ(トヨタカップ)を吸収し、6大陸の選手権王者がトーナメント方式で優勝を争う形となった。2005年までの大会名は「FIFAクラブ世界選手権」(英: FIFA Club World Championship)であったが、2006年以降「FIFAコンフェデレーションズカップ」を除くFIFA主催による国際大会の名称を「ワールドカップ」で統一する方針により、現在の大会名に改められた。」

 とある通り、出場国枠を6大陸のクラブチームに拡大して現在に至っている。

 なお、TOYOTAは、2014年を最後に大会スポンサーから撤退している。このため、2005年以来「TOYOTAスポンサードFIFAクラブ・ワールドカップ」と呼ばれていたこの大会の名称のスポンサーの部分は、以後、適宜変更されているようだ。

 さて、現在のレギュレーションでは、FCWCの決勝大会は、ヨーロッパ、南米、アジア、アフリカ、北中米カリブの5大陸の代表に、オセアニア代表と開催国枠の1チームを加えた7つのチームで優勝を争うことになっている(ちなみに開催地は、2005~08年が日本、09、10年がアラブ首長国連邦、11、12年日本、13、14年モロッコ、そして15、16年が日本だ)。

 開催国枠のチームは、トーナメントの予選に相当する第1ラウンドで、オセアニア代表と第2ラウンドへの進出権を争う。で、参加チームを6チームに絞った時点で、あらためて第2ラウンドが開催される。

 準々決勝をシードして準決勝から登場するヨーロッパ、南米の代表を第1シード、準々決勝から登場するアジア、アフリカの代表を第2シードとするなら、開催国枠は、オセアニア代表とともに、第3シードというのか、7チームの中で、この2チームは、1段階格下の扱いから出発することになる。

 それというのも、開催国枠は、各大陸の予選を勝ち抜いて来た結果として参加しているほかの大陸代表のチームと違って、大会の観客動員に資することを狙って設けられた、言ってみれば「おまけ」の参加枠だからだ。

 日本で開催される年のFCWCには、そのシーズンのJリーグの優勝チームが参加することになる。

 今年は、鹿島アントラーズが有資格チームということになった。
 ここにおいて、浦和レッズのサポーターである私の心中には、ひとつの葛藤が生じる。