ところが、現在の日本には、巨大な投資案件を実現する力が無い。
 ひとつの街を丸ごと再開発するような大きな絵を描ける人間もいなければ、それだけの規模の計画に投資しようという企業も無い。国や自治体にも巨大なプロジェクトを立ち上げる予算は無いし、それ以前に巨額の公的資金の支出を許す世論がはなから期待できない。

 カジノを誘致する計画は、おそらく、こうした苦境から発想されたものだ。

 要するに、国内である程度確実な利益を当て込める考えがほかに浮かばないからこそ、「観光立国」、及びその目玉としてのカジノ、というプランが浮上してきたということだ。

 ホテルやゴルフ場や各種遊戯施設を含む統合的な一大リゾート施設を立ち上げるのだとして、その資金を調達するために、われらがカジノ議連は、中核にカジノを誘致することと引き換えに、海外の賭博資本からの投資を引き入れるプランを立案したのである。なんともなさけない投資計画ではないか。

 それでも、もし仮に、彼らの思惑どおりに、海外からの巨大な資本を集めることに成功し、まんまと夢のリゾート施設が建設できるのであれば、それはそれでうまい話なのかもしれない。でもって、その夢の統合型リゾートが、海外からの観光客を誘引することに成功し、カジノから上がる収益を起爆剤に、国内の観光が活性化し、最終的に日本の経済が回転するようになれば万々歳ということなのだと思う。

 しかし、そんなふうに簡単に話が運ぶとは限らない。
 なにより、カジノの収益は、煎じ詰めれば「客の負け分」と等価なものだ。

 とすれば、その利益をそのまま経済の活性化に寄与する好循環の資金として無邪気に加算するわけには行かない。
 必ず、収益があがった分と同じだけのしわ寄せが、マイナス分としてどこかに害を及ぼすはずだからだ。
 自分の足を食べたタコが大きくなれないのと同じ理屈で、賭博による経済効果は必ず相殺される。

 それでも、

「いや、賭博客が外国人なら自国の経済にはマイナスにならない」

 という計算の目論見は、あるいは成立するかもしれない。
 しかしながら、外国人観光客のバクチの負け分を外資として計上するみたいな経済運営が、少子化とはいえこれだけの人口を持つ大きな国を、長い目で見て繁栄させるものなのだろうか。

 私は、疑問だと思う。
 でなくても、外国人の負け分で国民を食わせるみたいな絵図を描く政治家を、私は尊敬しない。

 カジノに投資した海外資本の振る舞い方も考慮に入れなければならない。
 彼らとて、投資をする以上、利益の回収を考えていないはずはない。

 というよりも、胴元は、確実な利益が見込めると考えたからこそ、投資を申し出たわけで、そう考えれば、カジノから上がる収益のかなりの部分は、カジノの開帳に一枚噛むことになる海外のカジノ業者が持って行くはずだと考えなければならない。

 してみると、カジノ法案は、わが国の土地を海外の賭博開帳業者に売り渡すための法律だったということになりかねない。

 当然、土地の仲介をした業者はカスリを取るのだろうし、渡りをつけたビジネスマンや関係者にも権益のうちのいくらかは渡るはずだ。が、国民経済が潤うのかどうかはわからない。
 結局、めぐりめぐった取引の果てに、いわゆるひとつの“売国”という作業が果たされるだけなのかもしれない。
 私は、それを危惧している。

 賭博には当然のことながら固有のリスクがある。
 そのうちのひとつが、昨今よく言われる「ギャンブル依存症」だ。

 このリスクについて

「全国民にカジノへの来場を強制するわけじゃあるまいし、自分の意思で賭博場にやってくる人間が、自己責任でカネを賭けて、己の才覚で負けることに、どうしていちいちお国が責任を負わなければいけないのか」
「それこそ自業自得じゃないか」

 という意見があることは承知している。
 私自身、大筋ではおっしゃる通りだと思っている。