リンク先(こちら)にあるのがそれだ。これは、ビートルズの「Nowhere man」という歌のパロディーで、1998年にテポドン発射記念として、当時開設していたホームページに掲載した作品だ。

 タネを明かせば、「nowhere=どこにもない」という単語の間にスペースを1個挿入すると「now here=いま、ここ」になるということで、これを踏まえると個人的な妄想の中に生きる男である「nowhere man=空しい男」は、ひとっかけらの想像力も持たない自己啓発的な「now here man=即物野郎」に変貌する。

 nowhere を now here に読み替えるみたいなこの種のあまりにも単純な地口は、案外、外国人だからこそ発見できるものだというお話でもある。

 外国人は、海外の文化を単純化したうえで摂取する。
 その単純化が正しいのか間違っているのかという問題ではない。
 彼らの立場からすれば、あるフィルターをかけて、単純化してからでないととてもじゃないけど飲み込むことなんてできない。それだけの話なのだ。

 日馬富士に話を戻す。

 モンゴルからやってきた力士は、日本語はもちろん、言葉として明示されないメッセージのやりとりを含めて、日本的な対人関係の築き方や、日本の力士としてのコミュニケーションの取り方をすべてゼロから身につけることを求められる。

 先輩力士が特定の場所で特定の所作を繰り返しているのは、いったい何を意図した意思表示なのか。

 あるいは、ご祝儀として受け取った金品をどんな基準で分配するのが部屋に所属する者としての最も適切な振る舞い方であるのか。

 そういった細々とした先方の意図の読み方やこちらの意思表示の方法を含めて、さしあたり自分の周囲にわだかまっている空気を読むということが、彼らにとっての死活問題であり、処世訓でもある。で、そうした日常的な適応の物語の先に「横綱の品格」があり「相撲の美」があり「ニッポンの文化」があったはずで、彼らからしてみれば、お箸は右手茶碗は左手みたいなことすらも、「勉強」だったに違いないのだ。

 引退会見の中で、日馬富士が後輩を指導するために時には厳しい説諭もすることが先輩力士としての心得であるという意味の話を強調したことを、言い訳がましいと感じた人たちもいることだろう。

 実際に、「後輩を厳しく指導する」ことと「アタマに裂傷ができるほど激しく殴打打擲する」ことは、まったく別の話だし、前者が後者を免罪する筋合いの話でもない。両者は、正反対の態度だと言っても良い。

 が、日馬富士の中では、それらはひとつながりの所作の中の別の局面に過ぎなかったのかもしれない。

 われわれの中でも、「過労死に至る過酷な残業」と「自分のノルマを果たすために精一杯頑張ること」は、全く別のことだという建前になっている。

 が、働く者の目に、「一心に全力を尽くして働くこと」と「過労死に至るまで残業を繰り返すこと」の間の境界線が、常に明らかに見えているのかというと、必ずしもそうだとは言い切れないと思う。

 横綱として、日馬富士に求められていたモラルは、彼の目から見れば、同化しようと一励めば励むほど、結果としてその規範から逸脱してしまうタイプの、極めてわかりにくいスタンダードだったのではなかろうか。