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 教頭先生の演説について、いまの私は、薄気味悪いとばかりは思わない。
 一定の評価はする。
 思春期の子供たちがチームスピリッツを学ぶ機会は重要だ。
 学校や市町村あたりの単位で、一体感を持つことの至福を味わう経験も、それはそれで有意義なのかもしれない。

 ただ、国家レベルで醸成される一体感については、いまなお私は薄気味の悪さを感じる。
 これは、性分なので、どうしようもない。

 万博招致決定のニュースに対してネガティブな書き込みをした私のもとには、強い調子の罵倒のリプライが多数寄せられている。

 彼らが私に伝えようとしているのは、万博への意見そのものではなくて、
 「みんなが楽しもうとしていることに自分勝手なイチャモンつけてんじゃねえよ」
 という義憤のようなものだったのだと思う。

 というよりも、
 「どうしてあなたはみんなと足並みを揃えることができないのですか」
 という素朴な疑問をぶつけてきているのかもしれない。

 それは、私が尋ねたい質問でもある。
 どうして私はみんなと足並みを揃えることができないのだろう。

 万博を起爆剤に経済を活性化させるというお話があちこちから聞こえてくる。
 無理だと思う。

 1970年の大阪万博の夢を再召喚することは、あらゆる意味で不可能だからだ。
 前回のケースにしても、万博が高度成長をもたらしたわけではない。

 順序が逆だ。
 実態としては、高度成長の果実として万博がもたらされたに過ぎない。
 大きな靴を履けば背が伸びるわけではないのと同じことだ。

 現実を見ないといけない。
 背の高い人は多くの場合足も大きいので大きいサイズの靴を履く。それだけの話だ。
 原因と結果を取り違えてはいけない。
 ファーストクラスに乗ったり高級外車を買ったところで富裕層になれるわけではない。
 富裕層がその可処分所得の高さゆえに高級外車に乗りがちだという事実の表面しか見ていないから、そういう考え方にハマってしまう。
 いましめなければならない。

 もっとも、万博に波及効果がまるでないのかというと、そんなこともない。
 現に私は、1970年の万博の会場を散々歩き回ったおかげで、行列が大嫌いな大人に成長することができたと思っている。
 この点は感謝しなければならない。

 そういえば、万博見物から帰京してしばらくの間、
 「アホか」
 というのが、私の口癖になっていたことを思い出した。
 いまだに、口をついて外に出ることがある。
 2025年には、全国的に広まっているかもしれない。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

個人的には「思考停止して楽になりたい」ことが
「空気」に身を委ねる大きな理由ではと思います。

 なぜ、オレだけが抜け出せたのか?
 30 代でアル中となり、医者に「50で人格崩壊、60で死にますよ」
 と宣告された著者が、酒をやめて20年以上が経った今、語る真実。
 なぜ人は、何かに依存するのか? 

上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白

<< 目次>>
告白
一日目 アル中に理由なし
二日目 オレはアル中じゃない
三日目 そして金と人が去った
四日目 酒と創作
五日目 「五〇で人格崩壊、六〇で死ぬ」
六日目 飲まない生活
七日目 アル中予備軍たちへ
八日目 アルコール依存症に代わる新たな脅威
告白を終えて

 日本随一のコラムニストが自らの体験を初告白し、
 現代の新たな依存「コミュニケーション依存症」に警鐘を鳴らす!

(本の紹介はこちらから)