バスが発車すると、ほどなく後ろの方の席に座った生徒の幾人かが、こっそりタバコを吸い始めた。

 担任のU先生は、決して後ろを見ない。
 生徒の喫煙を摘発して、始まったばかりの遠足の中止を含めた問題の引き金を引くことは好まないし、かといって、生徒の喫煙をあからさまに黙認することも、教師の信念が許さなかったからだ。

 で、彼は喫煙を発見しないために、ただただ前方を見続けることにしたのである。

 さてしかし、U先生は、バックミラーを見たのか、あるいはバスガイドから耳打ちされたのか、喫煙の証拠を残したくない生徒が、タバコを窓から捨てている事実を感知するに至る。

 これは非常によろしくない。ぜひ、吸い終わったタバコは備え付けの灰皿に捨てるように指導したい。だが、この指導は、同時に喫煙の容認を意味してもいる。ゆえに、採用できない。

 やがて、U先生は、ガイドさんからマイクを借りると、前方を見据えたままの姿勢で

「窓からガムやチョコレートの紙を捨てるような非常識な行為を、私は絶対に許さない。小さなゴミは、座席の前にある灰皿に捨てるように」

 という意味のことを静かに、噛んで含めるように言った。そして、最後に

「みんなで、事故のない楽しい遠足にしようじゃないか」

 という言葉で演説を締めくくった。

 U先生があの時にわれわれに語りかけてくれた短いスピーチが、教師として正しい対応だったのかどうかはわからない。正論を通せない、弱腰な、情けない先生、と今でも思っている人もいるかもしれない。
 個人的には、はるか前方を見据えた、素敵な対応だったと思っている。

 ああやって先生がごまかしてくれたバスが行き着いた先の未来で、私たちは、けっこう平和に暮らしている。

(文・イラスト 小田嶋 隆)

「シン・ゴジラ」大好きな私ですが
「この世界の片隅に」もよい映画でした。

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