私は返事に窮した。

 というのも、音楽の趣味は別として、不登校気味の二人の大学生がゴロゴロしている隣の部屋で、昼前から大音量でレコードをかけているマリちゃんは、おそらく学校に通っていなかったからだ。音量の大きさもちょっとしたものだった。窓が震える音量と言えば見当がつくだろうか。とにかく、当時都内の私立高校に通う2年生だったはずの妹さんは、午前中からそういう音量で「オペラ座の夜」を聴いている思春期の迷える魂だった。

 「マリちゃんは大丈夫なのか?」

 と、それ以前にDに尋ねたこともある。Dは

 「知らねえよ」

 と答えた。
 まあ、答えようもない質問だったのだろう。マリちゃんは、私にとっても妹みたいなもので、それこそ赤ん坊の頃からよく知っている子だった。それでも、どうしようもないものはどうしようもない。
 しばらく考えた後、私は、お母さんの質問に、

 「大丈夫ですよ」

 と答えた。
 仮に、女子高生にとって有害な音楽といったようなものがあったのだとしても、それを親が禁じたり取り上げたりすることは、幸福な結果を招かないだろうと考えたからだ。

 「ボヘミアン・ラプソディ」は、好調な観客動員を記録している。
 評判も、ネット上のレビューを見る限りでは、特に中高年層には圧倒的に好評だ。
 そんな中、

 「恋愛だとかメンバー間の確執みたいなとってつけたようなストーリーは必要なかったと思う」
 「曲の合間のメロドラマパートがウザかった」

 という感じで音楽以外の部分をクサす言い方をしているコメントをいくつか見かけた。
 数こそ多くないものの、この見方は、一方の代表的なご意見だと思う。

 「うん。音楽は悪くないよね。でも、音楽にかこつけたお涙頂戴は勘弁してほしい」
 「泣いたとか言ってるってヤツらってアタマ湧いてるの?」
 「板橋のレイトショーすすりあげてるジジババだらけでワロタ」

 個人的な感想を申し述べるなら、この種のレビューにはいつもうんざりさせられる。
 映画評にかこつけたオレ強えアピールを見せつけられた感じがして、後味がよくない。