念のために解説しておけば、「リメンバー・パールハーバー」は、アメリカと日本が敵国であった時代の言葉で、もっぱら対日戦への戦意高揚のために使われていたスローガンだ。その意味では「真珠湾(での日本の卑怯な奇襲攻撃)を忘れるな」という意味を含むこのフレーズのニュアンスは、わが邦の国民が繰り返していた「鬼畜米英」や「暴支膺懲」とそんなに遠いものではない。
トランプ大統領の真意が、わが国を挑発したり侮辱するところにあった、などと言い張るつもりはない。
穏当に解釈すれば、大統領のこの日のツイートは、パールハーバーで戦った勇気あるアメリカ兵士の貢献を忘れずにいたい、といったぐらいの意味をこめた軽口に過ぎないのだろう。
とはいえ、歴史的に不穏な行きがかりをもつこういう言葉を、来日を前にしたこのタイミングでアメリカの大統領が発信することは、やはり、無神経だと申し上げざるを得ない。
私が憂慮するのは、大統領による「リメンバー・パールハーバー」というつぶやきが、単なる無知や無神経の発露ではなく、もう少し深刻な「意地悪」に近い何かである可能性だ。
パワハラ上司によくある振る舞い方として、人のいやがる言葉や仕草をあえて小出しにして相手の顔色を観察するパターンがある。
「イノウエ君はアレだろ、ほら、アタマの地肌が露出してるから、直射日光は苦手だよな?」
「……あ、いや、なんと言いますか……部長もお人がお悪い」
「はははははは。気にしてるのかやっぱり。あ?」
などと言いつつ、部長は、イノウエがどこまでナブれば怒り出すのかの限界を観察している。
この種の人間は、無邪気なふうを裝いつつ神経にさわる言動を繰り返すことで、人々の反応を見ている。「三国志」の「許田の狩り」の場面で、曹操があえて帝に対して尊大な態度を示しつつ、諸人の向背を確認した時の力加減に近い。
今回の訪日では、トランプ大統領の動作の端々に、その意識的な尊大さがあらわれていたように思う。
というよりも、トランプ大統領の対人コミュニケーション戦略と人間観は、そもそもトランプタワーではじめて安倍晋三総理と握手をした時の、握手の仕方(相手の手を思い切り強く握りつつ自分の側に引き寄せる「トランプ式握手」と呼ばれる独特の進退運用)に、すでにすっかり現れていたところのもので、要するに彼は、他人の忠誠度を常に観察せずにはおれないタイプのリーダーだ、ということだ。
「何をオンナコドモみたいにマナーだとか言葉遣いみたいな瑣末事に拘泥してるんだ? 大切なのは文書化された約束と行き来するカネと交渉を裏付ける軍事力なのであって、あんたがさっきから言ってるみたいなうじうじした感情の話は、週刊誌のネタ以上のものじゃないぞ」
てなことを言う人もあることだろう。
もちろん、外交を動かしている当のものがカネと力であることはよくわかっている。
しかしながら、私は、そういうものとは無関係な人間だ。
とすれば、カネやチカラと無縁な存在である人間の一人として、私はむしろ、マナーや言葉づかいのような、文書化されない要素に注目せざるを得ない。
というのも、外交官や政府の首脳がそのカウンターパートとの間の交渉や会談の中でやりとりしている個別の案件についての金額や条件や情報や駆け引きが、当面は最重要なことはその通りなのだとして、現実問題として外国の賓客を迎えることになった一般の国民がテレビ画面から受け取っているのは、「感情」であり「印象」であり「敬意」や「反発」なのだ。長い目で見れば、国と国との間に流れるその種の目に見えない感情の総和が、二国間関係の最も基礎的な関係性を形成している可能性は高い。
その意味で、大統領の一挙手一投足は、彼が訪問する国の対米感情の未来を作っている。
これを見逃して良いはずがないではないか。
大統領の到着場所が羽田空港でも成田空港でもなく、横田基地であったことも大切なポイントだと思う。
北朝鮮のテロを警戒してのこと、とも見えるが、それだけとは思えない。
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