なにげなく紹介されているデータだが、この87%という数字が示唆している状況はなかなか深刻だ。

 

 そもそも、「外国人技能実習生」について言われている「失踪」という言い方が妥当なのだろうか。
 私見を述べるなら、むしろ、「脱走」と表現したほうが適切な感じがする。

 

 ともあれ、結果として「失踪」した実習生が、行方をくらまさずにおれないほどの低賃金で労働していた調査結果があることは認めざるを得ない。

 とすれば、政府としては「外国人技能実習生制度」が、「技能実習」の名のもとに、海外からやってきた青年たちに、職業選択の自由がなく、寝泊まりする場所も選べず、低賃金を強いる、奴隷労働的な枠組みであった実態を直視して、その改善に乗り出さねばならないはずだ。

 が、政府は、そうするつもりを持っていない。それどころか、入管法を改正することで、外国人への単純労働の丸投げ枠を拡大する意図を明らかにしつつある。

 少子高齢化に歯止めがかからない現状で、わが国の労働市場が、労働力不足に陥っていることは周知の事実だ。
 とすれば、その労働力不足を補うべく、外国人労働者の受け入れ枠を拡大することは、必然と言って良い施策なのだろう。

 ここまではいい。
 私が、理解できないのは、ことここにおよんでいけしゃあしゃあと
 「移民政策は取らない」
 と明言してしまえる神経のあり方だ。

 いったい、政府は、この答弁を通じて、いかなる方針を示唆しているのだろうか。
 つまり、
 「労働力は輸入するけど、移民は受け入れないよ」
 ということだろうか。あるいは
 「働き手として入国させつつも、人間的な生活はさせない」
 「働く外国人は歓迎するが、その外国人が家族を呼び寄せて日本で子孫を残すことは許さない」
 「労働する外国人が、日本の社会の中で労働以外の生活を営むことには賛成しない」
 「外国人労働者が勤労者として富を生み出すことは応援するが、彼らが生活者として生活することには必ずしも共感しない」
 「労働環境は保証するけど、人権は保証しない」
 「給与は与える一方で、生活は与えない」
 「生存は保証するが、永住するに足る資産形成は許さない」
 「利用はするがリスペクトはしない」
 ってなことだろうか。

 いや、言い過ぎなのはわかっている。
 いまここに書いた10行ほどは、撤回してもかまわない。