どの世界にも、他人を威圧することで我意を通そうとする人間はいるものだし、特定の賞の選考過程に不正な方法で介入を図る人間だっていないわけではない。

 いずれにせよ、そういう横暴な人間を、この世界からただちに根絶することはできない。
 ただ、報道機関で働く人々が、自分たちを威圧する組織や人間の存在について、報じることさえできないでいる現状は、看過して良い事態ではない。

 なぜなら、報道の萎縮は、社会そのものが萎縮する前兆であり、報道が腐敗していることは、社会が腐敗しつつあることの現れだからだ。

 彼らは、他人の腐敗はよってたかって叩く一方で、自分がかかわっている腐敗には頬かむりを決め込んでいる。
 そうしながら、70歳以上の高齢者で占められるほんの数人の「業界のドン」たちの一方的な指令に従って、今日も国民的アイドルや国民的スターの苦境に加担している。
 なんと醜い姿ではないか。

 どんな業界にでも腐敗はある。
 われわれ自身の周りにだって、注意深く探せば、それなりに深刻な無茶や横暴が発見されるはずだ。 

 ただ、レコード大賞をめぐる今回の疑惑には、それを伝えるメディア自身が関与している。
 ここのところが、今回の疑惑が、通常のメディアの取材対象となる業界の疑惑と、根本的に違っているところだ。

 言ってみれば、レコード大賞の疑惑は、それを伝えるメディア自身が招いた疑惑でもあるわけで、とすれば、これは、身内の犯罪と言って良い。
 メディアが、レコード大賞に関連する腐敗を伝えないことは、彼ら自身が、その腐敗の一部に取り込まれていることを物語っている。それどころか、彼らがこの疑惑を黙殺することは、これからも続くであろう芸能界の利権化とそこから漏れ出す不公正なカネとコネに、テレビ局ならびに芸能マスコミ自身が積極的に関与していく所存である旨を宣言していることを意味する。と、私は考えている。

 レコード大賞については、20年以上前から、とかくの噂があった。
 個人的になんとなく覚えているのは、私自身がまだ20代だった頃、岩井小百合というあまり名前を知られていない歌手が、なぜか新人賞を獲得した時のことだ。

「おい、このコは誰だ?」
「歌手なのか?」
「もしかして、誰かのマネージャーのコが代理で賞を受け取ってるとか、そういう話なのか?」
「まあ、大人の事情ってヤツだろ」

 と、当時、行き来のあった仲間うちでああでもないこうでもないと受賞の背景を憶測したものだった。

 いや、彼女については、単にわれわれが業界に疎くて、名前を知らなかっただけなのかもしれない。
 なので、この件について、これ以上深く追究するつもりはない。
 私は、なんの証拠をつかんでいるわけでもないし、当時不自然に感じた自分自身の印象すら、ほとんど忘れてしまっている。
 岩井小百合さんは気にしないでください。