テレビに関していえば、ほぼ完全に「黙殺」の体だ。
 シカト黙殺ネグレクト、無視知らん顔の見て見ぬふりの放置閑却あっち向いてホイってな調子で、とにかくテレビの中の人たちは、こんなエンガチョなネタにはさわりたくもないといった風情なのだ。

 どうしてこんなことになっているのだろうか。
 要するに、テレビは、この案件にシカトを決め込むことで、かの人が「芸能界のドン」であるという噂を裏書きしていると、そういうふうに受け止めてよろしいのだろうか。

 君たちは、その「裏の世界を支配するドン」の意のままに動く下っ端で、ということはつまり、君たちは丸ごと「裏の世界」の配下の人間だということなのか?

 バーニング関連のヤバげな噂や、ジャニーズがらみの面倒くさそうな話題や、ヨシモト周辺のキナくさいスキャンダルについては、とにかく見ざる言わざる聞かざるの一点張りで、ひたすらにアタマを低くして保身に走るのが、エンタメ雀の生きる道で、寄りかかった大樹の陰で長いモノに巻かれつつがんじがらめの緊縛地獄を耐えるのがオレら芸能ジャーナリストの知る権利ならびに表現の自由でございと、本気でそう大見得を切るつもりなのか?

 せっかく文春の記者が厄介な猫のクビに鈴をつけてくれたというのに、それでもなお鈴の音が聞こえないふりをして高樹沙耶案件の取材に走り回らなければならないほど、君たちは猫が怖いのだろうか?
 君たちはネズミなのか?
 それとも、ネズミの毛根に張り付いて余生を貪っているダニか何かなのか?

 私が今回書きたいのは、レコード大賞の腐敗そのものについてではない。
 腐敗にもレコード大賞にも、実のところ、興味は無い。
 ひからびた饅頭にカビが生えていようがいまいが、そんなことは私にはどうでも良いことだ。

 ただ、私は、芸能界についてささやかれているあれこれの噂が、いかにわれわれの「世間観」を毒しているのかについて、そろそろ真面目に考えてみる機会があっても良いはずだと考えている。

 だからこそ、テレビがレコード大賞の腐敗を報じないことの腐敗を掘り下げてみようと思った次第だ。

「しょせん世の中はカネとコネだよ」

 というセリフを、たとえば、背中に甲羅を背負った爺さんがつぶやくのならともかく、年端も行かぬ子供たちが口を曲げて繰り返している国があるのだとしたら、その国は、早晩活力を喪失して、30年後には世界の最貧国に転落していることだろう。