何を言っているのかわからなくなったので先に進む。
 私は、これまでの経団連の会長が固有のメールアドレスを持っていなかったことを、さして異常なことだとは思っていない。インターネット経由の情報にアクセスしていなかったことも、いかにもありそうな話だと思っている。それどころか、あらまほしきことですらある、というふうに受け止めている。

 もう少し踏み込んだ言い方をするなら、私は、経団連の会長のような立場の人間は、秋刀魚の裏表も分からない状態で執務させておくのが本人のためにも無難なのだと思っている。なんというのか、「象徴」的な地位の人間を、神輿の上に座らせて無力化することは、この国の組織人たちが長い歴史の中で学び得た知恵なのであって、最高権力者から実務的な権力を引き剥がして、単なる「権威」として遇するのは、組織防衛上の安全策なのである。

 むしろ、ああいう役柄の人間が、暴れん坊将軍よろしく市井の悪逆非道を手ずから正しにかかったりしたら、現場は大混乱に陥るだろう。

 してみると、現職の中西会長が、メアドを獲得し、自前のパソコンを装備するに至ったことは、これまで半世紀余りにわたってわが国の経済界をリードしてきたあの組織が大きく変化しつつあることの、最初の兆候であると言えるのかもしれない。 

 もうひとつ思うのは、個別の企業のトップや、現場で指揮を採る最前線のリーダーならいざしらず、経団連の会長のような立場にいる人間は、パソコンやインターネット経由でもたらされる「文字化」した情報はあえて無視して、「肉声」や「握手」や、「フェイストゥーフェイス」の交流で得られる身体的な情報のやりとりに専念する方が、むしろ本筋なんではなかろうかということだ。

 でなくても、コミュニケーションのうちの、非言語的な部分(文字化に伴って言葉の中から捨てられてしまった部分)を担うべき司祭に当たる役割の人間は、この先、必ず必要になるはずだ。

 こんなことを思ったのは、実は、別のニュースの関連情報を掘り進むうちにたどり着いた奇妙なウェブサイトを見たからだ。

 そのサイトというのは、最近報じられた社員の自殺と、その遺族がパワハラによるものだと訴えている件の、一方の当事者である社長が運営している書評用のブログだ。

 その書評ブログの中で、社長ご本人が主張しているところによると、彼は、1日に50~100冊、月1500~3000冊の本を読むのだそうだ。

 読書に充てる時間は、1日あたり4時間から6時間。どうしてそんなに速くたくさんの本を読めるのかという質問には、

《結論から言うと『慣れ』です。》

 と答えている。
 具体的な方法については、

《私はフォトリーディングやフォーカスリーディングと言ったビジネス書で宣伝されてるような手法は一切学んでいません。速読セミナーに通ったことはあるのですか?と聞かれたりもしますが、そういう物には一切参加してません。あ、いや、別にそういう物を否定してるんじゃ無いですよ。私は参加してません、と言うだけです。速読セミナーに行くくらいなら私はその時間読書するし、そのセミナー代で私は本を買います(笑)》

 と説明している。
 どう受け止めたら良いのだろう。
 私は、「ウソ」ではないかと解釈している。