共同電によれば、ディラン氏へのノーベル賞の授与を決めたスウェーデン・アカデミーは、この10月の17日、ディラン氏への直接の授賞連絡を断念した旨を明らかにしている。

 地元のラジオに出演した、同アカデミーのダニウス事務局長は、

「アカデミーは授賞を発表して以来、彼を探そうと試みたが、今は連絡を取ることをやめた」

 と話したのだそうだ(こちら)。
 なかなか味わい深い展開ではないか。
 授賞式が楽しみだ。

 思い出すのは、イチロー選手が国民栄誉賞を2度にわたって辞退した時のやりとりだ。
 1度目の受賞機会は、彼がメジャーリーグに移籍し、移籍先のマリナーズでいきなり首位打者&盗塁王&MVPに輝く活躍をした2001年だった。

 この時、イチローは

「まだ現役で発展途上の選手なので、もし賞をいただけるのなら現役を引退した時にいただきたい」

 というコメントを発表して、賞の受け取りを拒んだ。
 先方がこう言って賞の受け取りを拒んだ以上、賞を出す側は、少なくとも相手が現役引退を発表するまでは、再授賞の沙汰を思いとどまるのが礼儀というのか、人としての常識だろう。が、2004年にイチロー選手がメジャー最多安打記録を更新した折りに、何をトチ狂ったのか、時の小泉政権は、たった3年前に受賞を拒絶したばかりの同じ人間に対して、再度おっかぶせる形で国民栄誉賞受賞を打診する挙に出た。

 どれほどおごりたかぶれば、ここまで先方の気持ちを無視したオファーを出すことができるものなのか、と、当時、他人事ながら腹を立てたのを覚えている。

「オレの申し出を断る人間などいるはずがない」

 と、はじめから相手の感情を眼中に置いていない人間の態度そのものではないか。
 受賞の内意を問われたイチロー選手は、

「さすがに二度目の受賞を今度をまたしても辞退するということになると、これはもうあからさまに政府の顔をつぶす結果になるわけだから、イチローとしてもそう簡単には拒絶できないだろう。今度という今度は、空気を読んで受けとらざるを得ないのではないか」

 という大方の観測をよそに

「今の段階で国家から表彰を受けると、モチベーションが低下する」

 というコメントを残して、再度、賞の受け取りを辞退している。
 見事な選球眼としか申し上げようがない。
 実際には、イチロー選手はボール球をヒットにする稀有な選手の一人でもあるが。

 いずれにせよ、彼は、タチの悪いボールには手を出さない。目の位置より高いタマを強打することで、フォームが狂ったら元も子も無いからだ。

 さかのぼれば、国民栄誉賞には、さらに秀逸な伝説がある。

 1983年に、盗塁の世界記録(ルー・ブロックが保持していたMLB記録)を破る通算939盗塁を記録した折り、時の首相である中曽根康弘氏から、国民栄誉賞を打診された福本豊氏が、その申し出を辞退したのだ。