私自身、20代の最後の頃、まるまるひと夏を事務所で過ごすみたいな激務に身を投じた経験を持っているのだが、実のところ、その時の細かい出来事は、ろくに覚えていない。記憶が残らないほど睡眠不足だったということなのか、それほど疲れていたということなのか、いずれにせよ、私は当面の苦しさを意識しないほどあからさまに過剰適応していたのだと思う。

 この間の事情は、カルト教団への入信の過程に似ている。

 ずっと昔に読んだ『カルトの子―心を盗まれた家族』(米本和広著 文藝春秋社)という本には、子供時代をカルト信者の二世として過ごした人々の証言がいくつも収録されているのだが、その彼らの語る教団内での暮らしは、過重労働を強いられている労働者がその試練への適応過程として身につける思考停止の様相と区別がつかないほど良く似ている。

 オウム真理教、エホバの証人、統一教会、ヤマギシ会という代表的な4つのカルトの中で育った子供たちへのインタビューを通じて、強要された教義の中で信者が自発的な思考力を喪失していく過程を明らかにした本書は、発刊年が古いため、現在では入手しにくくなってしまっているが、とても良い本なので、図書館などで見つけたらぜひ読んでみてほしい。

 最近の書籍では、文春新書から出ているその名も『マインド・コントロール(増補改訂版)』(岡田尊司著)という本がこの分野の好著だ。本書によれば、マインドコントロールの過程は、

第一の原理:情報入力を制限する、または過剰にする
第二の原理:脳を慢性疲労状態におき、考える余力を奪う
第三の原理:確信をもって救済や不朽の意味を約束する
第四の原理:人は愛されることを望み、裏切られることを恐れる
第五の原理:自己判断を許さず、依存状態に置き続ける

 の5つの段階に分類できる。

 この原理は、カルト宗教が信者を教化する過程そのものなのだが、わが国のブラック企業と呼ばれる会社が従業員を一人前の人材に仕立て上げる際に援用しているノウハウとしても十分に通用する。

 カルト宗教は、信者を外部の世界から遮断し、物理的にも感情的にも、教団外の人間や外の社会の情報と隔絶することを、とりわけ重視している。そうしないと、洗脳が解けてしまうからだ。

 実際、カルト教団の中でつらい目に遭っていたり、教義に疑問を持ち始めている信者がいたのだとしても、その信者が、教団の外に家族や友だちを持っていないケースでは、脱会しようにも、その方法さえ知ることができない。だから、何年も教団内で暮らしている外部と隔絶された信者は、そもそも脱会という選択肢を思い浮かべることができなくなる。

 これは、カルト宗教の信者をブラック企業の社員に置き換えても、そんなにかけ離れた話ではない。