とはいえ、この長谷川教授の発言が、21世紀の日本の職場常識とまったく相容れない異常な見解なのかというと、実は、そうでもない。ネット上に大量に書き込まれている有名無名な人々の硬軟取り混ぜた感想コメントをひと通り眺めわたしてみればわかることだが、長谷川教授が残した一連の言葉は、わが国のある層のビジネスマンの内心を代弁する典型的な見解のひとつだったりする。

「つまりこの5年ほど毎月100時間以上残業しながら生き残ってるオレは鈍いってことか?」
「ってか、100時間なんてまだまだ余裕だろ」
「でもまあ、申告した残業時間が105時間ってことで、実際は150とか180ぐらい行ってたのかもしれないからなあ」
「それでも、個人的に、200時間まではやれると思ってる」
「100時間超えると靴下のクサさに頓着できなくなるけどな」
「うん。過労死のバロメーターとしては、残業の時間数なんかより、足のクサさの方が重要だと思う」
「でも、150時間超えると鼻がバカになるからなあ」
「だったら、職場に一人、社員の足を嗅いで歩くための要員を置くとくべきかもしれないぞ」
「真っ先にそいつが死ぬぞ」
「カッコいいじゃないか、坑道のカナリヤみたいで」

 てな調子で、若い時代に経験した残業地獄の日々を武勇伝みたいに語る人々は、どうかすると、働き詰めに働いたそれらの日々を懐かしんでいるように見える。

 実際、どんなに苦しかった体験でも、過ぎ去った(あるいは克服した)時点から振り返って見れば、懐かしい思い出になっているというのはよくある話で、私たちは、ひたすらに無意味で苦しかった艱難辛苦の日々を「自分を成長させた試練」としてカウントする偽りの記憶生成過程を経て、自らを癒すものなのかもしれない。

 してみると、高橋まつりさんが、最後まで自己の置かれた状況を相対化するユーモアを失わなかったことは、かえって彼女自身を追い詰める結果をもたらしていた可能性がある。

 というのも、ある限度を超えた過重労働に適応するためのコツは、その過重労働を相対化して客観視することではなくて、むしろ過重労働を常態化させている職場の空気に同調して、個人としての固有の心情や独自の見解を滅却する過程の中にこそ存在するもので、一動作ごとに「我に返って」自分を見つめ直しているような人間は、それこそ、摩滅しつつある自我と、それを見つめる客観の二つの極に引き裂かれてしまうに違いないからだ。

 私が直接に話を聞いている分も含めて、いま現在も、苛酷な長時間労働に従事しているビジネスマンはたくさんいる。

 行き来のある出版社や放送局の若手の中にも、週のうちの何日かを会社に宿泊するスケジュールで働いている人々が珍しくない。といって、その彼らの全員が、疲弊し切っているわけでもない。

「いやあ、ボクなんか、6時に帰れって言われたらむしろ途方に暮れますよ」

 と笑っている組の人々の方がむしろ多い。
 この違いはどこから来るのだろうか。