サッカーは私にとって、40歳近くになってから参入した、新しい競技だ。
 だから、観戦しはじめた当初は、あらゆることが新鮮で、驚きに満ちていたものだった。

 で、私は、競技観戦初心者がはじめて知るさまざまな驚きや発見をいちいち得意がって原稿に書いているおめでたい書き手だった。
 ああいうことは、今になって振り返ってみればだが、知らないからできたことでもあったわけで、多少とも事情がわかってくると、うかつな断言はだんだん振り回しにくくなる。

 かくして、私は、トルシエが監督だった時代みたいに、大いばりで日本サッカーを断罪できなくなっている。
 見識が低くなったからではない。
 自分の見識の低さを自覚できる程度の見識を得るに至ったからだ。

 とはいえ、素人の管見にまるで価値がないわけでもない。
 日韓ワールドカップ当時に、私が各所に書き飛ばしていたドヤ顔の勘違いは、猥雑な祭りとしてのW杯の空気を撹拌するために、それなりの役割を果たしていたのだと思っている。

 ともあれ、ド素人の時代を終えて、半可通になってしまうと、もう大胆な予測や身勝手な分析は、恥ずかしくてできなくなる。これは、なかなかやっかいなことだ。

 ボクシングに関しては、私は、ずっと早い時期から半可通だった。
 つまり、専門家でこそないものの、「やたらと詳しい素人」であった私は、読者から見れば「不気味の谷」に住んでいるライターだったということだ。今は、本人の立場からすれば、自分のニセモノさ加減がわかる程度の見識を備えてしまっている分、どうしても謙虚に黙らざるを得ない。

 井上尚弥選手は、その圧倒的な強さと技術の高さにふさわしい知名度と人気を得ていない。
 これは、多くのボクシングファンが異口同音に嘆いている事実でもある。

 井上選手は、これまでに私が見てきた日本人選手の中で、掛け値なしのナンバーワンだ。
 スピード、防御技術、ハンドスピード、フットワークの華麗さ、反射神経、当て勘、ブロックの固さ、攻撃の多彩さ、ステップインの見事さ……と、どの観点から見ても、比べ得るライバルを思い浮かべることさえできない。それほど卓越している。

 なのに、いまひとつ知名度があがらない。
 現役の日本人アスリートとしては、テニスの大坂なおみ選手や野球の大谷翔平選手あたりと並べても決して見劣りしない存在だと思うし、今後の伸び代を考えれば、あるいは空前絶後のボクサーとして歴史上の人物になる可能性さえ持っていると思う。

 にもかかわらず、タイトルマッチの視聴率は、たとえば、しばらく前に斯界を賑わせていた亀田三兄弟の試合と比べて、その半分にも達していない。
 いくらなんでも、この低評価はあり得ない。