銅像がアピールしている政治的主張が、一方で国際的な問題を惹起していたり、特定の市民や民族の間に不穏な争いの種をまく危険性を持っているのだとしても、市がいきなり上から排除できるものではない。民主主義を標榜する国家であればあるだけ、市民の政治アピールを抑圧することはむずかしい注文になる。

 てなわけで、市としては、せいぜい
 「像の建立も、撤去も、それらについてのアピールや反対運動も、市民それぞれの立場でやってください」
 と呼びかけるのが精一杯であるはずだ。

 勘違いしないでほしいのだが、私は、韓国系の市民が慰安婦の像を建てる決断を支持しているのではない。彼らの行動を称賛しているわけでもない。

 ただ、私は、慰安婦像の建立に反対するのであれ、像の撤去を求めるのであれ、それは、外国の一地方都市の市長が、姉妹都市の提携案件を交渉材料に当地の市長に解決を求めるべき案件なのだろうか、ということを申し上げている。

 つまり、大阪市のやりかたは、はじめから最後まで、あまりにも筋違いだというのが、ここまでのところで私が書いていることの主旨だ。

 仮に、慰安婦像を撤去してほしいというその主張に一定の正当性があるのだとしても、市と市の友好関係と国家間の関係をそのまま対応させるという議論の持って行き方は、道理から外れ過ぎているし、クレームそのものが荒唐無稽に過ぎる。論外だと思う。

 吉村市長が「この問題を解決したい」と心から祈念しているのであれば、いますぐ市長を辞職して、国政選挙に打って出るのがものの順序だと思う。でもって、国会議員なり大臣なりに就任して、そのうえで外務省なり官邸なりに圧力をかけるのが正しい筋道だ。あるいは、一市民として、外務省に陳情しても良いかもしれない。

 どっちにしても、この問題で市長としての権力を振り回すのは筋違いでもあれば、愚かな振る舞いでもある。外交は、地方政治マターではないし、市長が手を出すべき案件でもない。あたりまえの話だ。

 まして、姉妹都市の歴史をチャラにする挙をもって内外にアピールすべき政治的課題でもない。

 その程度のことがわからないとはさすがに思えない。
 では、市長の狙いはなんだろうか。
 中央政界へのメッセージだろうか。
 あるいは、自分たちのコアな支持層へのサービスのつもりなのだろうか。

 いずれにせよ、対立を煽り、分断を促し、その対立・分断の一方の側に立ってみせる振る舞い方が、集票パフォーマンスとして有効だと考えての決断なのであろう、とお見受けする。