これもまた、信じられない状況だ。

 つまり、アレか?
 民進党の議員は、蜘蛛の糸を垂らされたカンダタみたいな状況で、ひとりずつ、極楽の蓮の池を目指さないといけないわけなのだろうか。

 前原さんの前代未聞の決断が「勝てそうな勢力にぶら下がる」ということなのであったら、そもそも政党を結成した意味がなかったことになる。自己否定そのものだ。

 「当選させてくれそうな政党であれば、名前や政策がどうであれその政党の所属議員になりたい」と考えるような候補者に、投票したいと考える有権者が果たして現れるものなのだろうか。

 それ以前に、党首自らが解体への道筋を作ったのだとすると、あの代表選はいったい何だったのだろうか。

 以上、3つの政党のこの一週間ほどの動きを見ていると、どれひとつとして節操を守っている政党がないことがわかる。
 公明、共産、維新、社民などは、とりあえず渦の外にいるというのか、自分たちの立ち位置をかろうじて守ってはいるようだが、先のことはわからない。

 とすると、投票先はあるのだろうか。
 それもわからない。

 はっきりしているのは、今度の選挙が、憲政史上最も醜い争いになるということだ。
 卑怯者とうそつきと火事場泥棒のうちの誰に投票すれば良いのか、悩みは深い。

 個人的には、候補者が掲げて見せている「未来」にではなく、各々の政党なり候補者なりの「過去」に向けて票を投じるのが、こういう場合の立ち回りかたとして、最も穏当なんではなかろうかと考えている。

 未来は不定形だし、現在は常に揺れ動いているいる。とすれば、頼りになるのは過去だけだ。
 後ろ向きの結論になってしまったが、投票に行かないよりはマシだと思う。

 私は、つい10年ほど前まで、ついぞ投票に行ったことのない人間だった。
 で、現在の政治状況は、そのことの報いなのだと、半ば以上本気でそう思っている。

 われわれはこの何十年か、政治家を軽んじてきた。
 私自身、生まれてこの方、政治家を尊敬したことが一度もない。

 ずっと昔、私が子供だった頃、政治家は少なくともいまよりはずっと尊敬されていた。
 たとえば、当時からタレント議員という人たちがいたものだが、その彼らは「タレント議員」という呼び方で、一種蔑んだ視線で見られていた。
 このこと自体が、「議員」への尊敬の裏返しだった。

 しかも、そうやって世間から軽んじられ、嘲笑されていた当時のタレント議員は、その出自を洗ってみれば、一流の落語家であり、講談界の第一人者であり、ナンバーワンのアナウンサーだったりした。

 つまり、昭和の半ばまでは、超一流のタレントしか議員になることはできなかったのである。