彼は、教官や牧師が押し付ける、「正直」や「紳士的」という徳目を、テンから馬鹿にしている。というのも、「正直」だの「ジェントルマンシップ」だのは、恵まれた育ちのお坊ちゃまだの若奥様だのが、午後のハイティーだかの時間を気持ちよく過ごすためにお互いに取り決めている気取りくさったテーブルマナーみたいなもので、オレにははじめっから関係がないからだ。そんなものはオレの生活には全く役にたたない。オレは狡猾(カニング)だ。どんな場合にでも全力でカニングであることこそが、オレのリアルなのだ、といった調子の独白が素敵な小説だった。細かい部分は覚えていない。ストーリーも忘れた。ただ、「カニング(狡猾)」という言葉が素晴らしくて、それを覚えている。

 長距離走者の孤独に賛同する高校生だった者として、私も、場面次第では、堀江氏の言っていることのおおよその意味は理解できる。

 リアルな場所で生きている者にとって、理想を押し付ける人間ほど腹の立つものはない。それはとてもよくわかる。

 ただ、どの場面でリアリズムを発揮し、どの場面で理想を重んじるべきなのかについては、人それぞれで、考え方が違っている。
 だから、多くの人にとって、他人は時に耐え難い存在になる。

 SNSが個人の説教をあらゆる範囲の無防備な他人に対して無原則に伝えていることは、われわれの世界を大変に腹の立つ場所に変貌させていると思う。まあ、それはまた別の話だが。

 ともあれ、私は、今回の解散について、人々の考えの違いが表面化して、その考え方の違いが、選挙の結果を分かつことになるだろうと考えている。

 もっとも、この種の「リアリズム」なり「本音ぶっちゃけ主義」が、あらゆる分野で「理想論」なり「お花畑建前主義」を駆逐しているのかというと、必ずしもそういうわけではない。

 サッカーの世界でも、「スポーツマンシップの尊重」と「マリーシアの貫徹」のいずれが重視されているかは、リーグによって、年代によって、また、国や時代によって、微妙に違っている。競技別で見比べてみても、ラグビーは、サッカーに比べてより「紳士的」であることを重視する傾向にあるし、ゴルフの不文律はさらに愚直な真正直さをプレイヤーに期待している。要は場面ごとに「リアル」と「プリンシプル」の重要度には濃淡があるということだ。

 政治は、選挙や人事や多数派工作のような現実的な局面に関しては、それこそ数とカネと義理人情と恫喝と嫉妬が支配するリアリズムの世界そのものだ。

 とはいえ、その一方で、政治は、議会の信義則や憲政の常識や法と精神といった建前に厳しく縛られた原理原則の世界でもある。

 私個人は、「選挙を実施するタイミングとして有利だから」だとか「国会の論戦がいやだから」みたいな理由で解散が持ち出されると、それだけで驚愕してしまうわけなのだが、この解散のタイミングについて、「リアルで良いじゃないか」と考える人たちがいることについても、なるべく理解しようとは思っている。

 私が今回の解散のタイミングに驚きあきれているのは、私がご清潔な人間だからではない。
 損得よりも善悪を重んじる人間だからというわけでもない。

 私が驚いたのは、「こんなタイミングで解散をしたら、勝てる選挙も勝てなくなるはず」だと思っているからで、つまるところ、それでもあえて解散の勝負に出た彼らの判断の不思議さにあきれているわけだ。

 説明が難しいのだが、私の感覚では、「ずるい」と思われた政治家は、選挙で勝てないはずなのだ。ということはつまり、このタイミングで解散に持ち込んだ政権与党は、実利を取りに行ったようでいて、まさにその「あからさまに実利を取りに行った振る舞い方の下劣さ」によって票を失うことになるはずなのだ。

 ところが、首相以下政権与党執行部は解散総選挙に打って出るつもりでいる。
 おそらく、リアルな判断を断行する自分たちのストラテジーを評価する層がそれなりにいるという判断なのだろう。

 「目先の実利を油断なく取りに行くリアルな判断力と、周囲を見回して一番有利なタイミングで選挙に持ち込むストラテジックな思考のスマートさに、なによりも政治家としてのたくましさを感じる」

 という人々も、おそらくそれなりにはいるはずだ。

 「ずるいじゃないか」と思う人たちと「狡猾で頼りになるじゃないか」と考える人たちのどちらが多いのかで、結果は分かれるわけだが、それ以前に、案外結果を左右するのは「ずるいとかずるくないとか以前に、そもそも選択肢が無いじゃないか」と考える人たちなのかもしれない。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

ああ、なんということだ。
それじゃカニングの出番がないじゃないか。

 当「ア・ピース・オブ・警句」出典の5冊目の単行本『超・反知性主義入門』。相も変わらず日本に漂う変な空気、閉塞感に辟易としている方に、「反知性主義」というバズワードの原典や、わが国での使われ方を(ニヤリとしながら)知りたい方に、新潮選書のヒット作『反知性主義』の、森本あんり先生との対談(新規追加2万字!)が読みたい方に、そして、オダジマさんの文章が好きな方に、縦書き化に伴う再編集をガリガリ行って、「本」らしい読み味に仕上げました。ぜひ、お手にとって、ご感想をお聞かせください。

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