ことほどさように、差別的な文章が、必ず炎上しているわけではないことを思えば、今回の杉田論文が特別に炎上したことを、雑誌の関係者が素直に受け止めきれずにいることには、ある程度仕方がない部分がある。

 では、どうして杉田論文はあれほど大きく炎上したのだろうか。また、それを擁護した小川榮太郎記事は、さらに大きく炎上しているのだろうか。
 以下、私の考えを述べる。

 杉田論文はなるほど差別的だった。
 ただ、誤解を恐れずに言えば、あの程度の差別的テキストは、そこいらへんの雑誌を丹念にめくってあるけば、そんなに珍しくない頻度で遭遇する程度のものでもある。

 その、標準的に差別的な原稿が炎上したのは、まず第一に、書き手が国会議員だったからだ。
 実際、同じ差別的言辞でも、そこいらへんの頑固親父ライターが署名連載コラムの中で書き飛ばすのと、国会議員が月刊誌に寄稿するのでは発信する情報の意味あいが違う。

 しかし、それだけでもない。
 ここから先が、杉田案件の肝だ。
 結論を述べる。
 私は、杉田論文があれほどに燃えたのは、あれが「総理案件」だったからだと考えている。

 つまり、あの論文を書いたのが、安倍晋三首相のお気に入りの女性議員で、一本釣り同様の経緯で地方ブロックの比例第一に配せられた特別扱いの議員だったことこそが、見逃してはいけない背景だということだ。

 杉田議員は、様々な場所で総理の内心を代弁する役割を担ってきた議員だった。だからこそ、あれを読んだ勘の鋭い読み手は、行間に見え隠れする総理の顔に、慄然とせずにおれなかったのである。

 「もしかして、安倍さんって、こんなことを考えてるわけなのか?」
 と直感的にそう感じた人々が、ある意味過剰反応した、ということだ。

 経緯を振りかえってみるに、あの論文がさんざん批判されて問題視された直後、自民党内の反応は、何かを恐れているみたいに異様に鈍重だった。

 二階幹事長が
 「この程度の発言で、大げさな」
 とすぐに擁護したのも、杉田議員が首相のお気に入りであることを踏まえた反応だと思うし、永田町の自民党本部前まで抗議に訪れたLGBTの団体の抗議声明を手渡そうとした時に、なぜなのか、担当の事務員が文書の受け取りを拒絶したことも、いまになって考えてみれば、当件が、ただの抗議事案ではなくて、「総理案件」だったからだと考えると辻褄が合う(こちら)。

 その後、多方面からの苦情や抗議がさらに殺到したが、党の執行部は杉田議員を一向に処分しようとしなかった。

 つい2日ほど前、安倍首相は、石破茂氏とともに出演したテレビ番組の中で、自らの言葉で杉田議員を擁護する姿勢を明確にしている。

 首相は、番組の司会者の
 「(杉田氏は)謝罪も撤回もしてませんよね? そして党としても処分していない」
 という問いかけに対して、こう答えている。

《私の夫婦も残念ながら子宝に恵まれていません。だからと言って「生産性がない」というと大変辛い思いに、私も妻もなります。政治家というのは、自分の言葉によって人がどのように傷ついていくかということについては、十分に考えながら発言をしていくべきなんだろうと思います。私たち(は同じ)自民党ですから「あなた、お前、もうやめろ」というわけではなく、まだ若いですから、そういうことをしっかり注意しながら仕事していってもらいたいと、先輩としてはそういう風に申し上げていきたいと思います。》(こちら

 首相は、「自分たち夫婦も大変に辛い思いをしている」と、被害者のポジションに立ってみせつつも、最終的には杉田議員の不注意な発言をかばっている。