つまり、馬脚をあらわしたのは、国籍や血統といったセンシティブな問題をネタに一人の政治家を火炙りにかけようとした人々の方で、今回の一連の騒動は、一部の日本人が、21世紀の現代に至ってなお、排外主義的な国家観ならびに民族意識を牢固として抱いていることを全世界に知らしめた事件として位置づけなければならないのではなかろうか。私はそのように考えている。

 9月7日付けの読売新聞の記事は、中国籍について法務省の見解を引用して

《--略-- 台湾籍を持つ人は日本では中国籍と扱われる。法務省によると、中国の国籍法は「中国国外に在住している中国人で、自己の意思で外国籍に入籍、または取得した者は中国籍を自動的に失う」と規定している。》

 と説明している。

 これを見る限り、蓮舫議員の「二重国籍問題」は、手続き上は存在さえ想定されていないお話だったわけで、ということは、これに「蓮舫氏くすぶる『二重国籍』」との見出しをつけて、「深刻な問題が浮上している」と報じるほうが、そもそもどうかしていたと考えざるを得ない。

 蓮舫議員を攻撃している人たちの中には、そもそも彼女が「蓮舫」という台湾由来の名前で政治活動をしていることを攻撃している一派がいる。

「どうして『村田蓮舫』と本名を名乗らないんだ?」
「忠誠心の置き所が、留学先の北京だからじゃないのか?」
「っていうか、日本の名前を名乗るのが屈辱なのか?」

 と、彼らは、「村田」という日本人姓を名乗らない蓮舫議員の愛国心を疑ってやまない。
 彼らは、二重国籍を云々する以前に、蓮舫議員が、「蓮舫」と自称していることが、気に入らないのだ。

 しかし、普通に考えればわかることだが、蓮舫議員が「蓮舫」という名前を押し通している理由は、タレント時代に「蓮舫」という名前で得た知名度を、政治家として利用したかったからだ。

 それは、「アントニオ猪木」議員にしてもそうだし、結婚して戸籍上の苗字が変わっているにもかかわらず、旧姓で立候補し、政治活動をしている「高市早苗(戸籍名は山本早苗)」議員や、「丸川珠代(戸籍名は大塚珠代)」議員のケースでも同じことだ。

 要するに、政治家は、立候補する以前の職業で得た知名度を、そのまま選挙の際の得票に結びつけるべく、よく知られている名前を変えないという、それだけの話だ。

 とすれば、一部のネット民が、高市早苗議員の名前を問題視していない一方で、蓮舫議員の自称に対しては、ことさらに異議を申し立てている態度は、一貫していない。背景に民族差別的な心情が介在していることを疑われても仕方がないと思う。

 たとえば、高市早苗議員は、選択的夫婦別姓法案に強硬に反対していながら、自身は旧姓を名乗っている。

 名乗っている名前の響きと政治家としての行動の矛盾を言うなら、むしろ高市議員の方がズレが大きいと見ることもできる。にもかかわらず、彼らは、蓮舫議員にばかり「村田蓮舫」という戸籍名での政治活動を要求している。

 これは、やはり、大いに奇妙な態度だと申し上げなければならない。

 ネット上で火が点いたこの騒動が本格的な炎上案件に成長した9月はじめのある日、

「このまま蓮舫氏を代表にしたら民進党はもう終わり」

 と題した記事がウェブ上のとある言論サイトに掲載された(こちら)。

 記事の中で、執筆者の宇佐美典也氏は、民進党の長島昭久議員が蓮舫議員の二重国籍問題を擁護した言葉を引用した上で、以下のように書いている。

《民進党の中では保守派の議員として知られる長島昭久氏も「日本国籍取得したんだから、二重国籍に目くじらたてなくても別にいいじゃないか」というようなことを言っている。何かおかしい。この理屈が通るんなら例えば中国政府が13億人超の人口のうち数千万人を中国籍を残したまま日本に帰化させて日本をいとも簡単に乗っ取ることができる。》 

 正直に申し上げて、私は、ここに書いてあることの意味を了解することができなかった。