さすがに、糞をそのまま放置していく飼い主はそんなに多くない。が、それでも、何日かに一度は始末をせねばならない。尿については、どうしようもない。というのも、犬というあの邪悪な生き物は、アスファルトよりも土の上で用を足すことを好むらしいからだ。

 「北朝鮮のミサイルだと思ってあきらめろよ」

 と、私は口に出してはそう言わないが、なんとなくそんなことを思いながら話を聴いている。だって仕方がないじゃないか、と。

 いまどき、都内に犬がクソを残していくだけの庭を構えた一戸建てを持ってるなんて、いいご身分じゃないか、と、そんなふうにさえ感じている。
 しかし彼は自分が恵まれているとは決して考えない。いつも猛烈に怒っている。

 時には
 「ぶっ殺してやる」
 などという言葉を使う。
 私は、その彼の怒りが、彼の人格を蝕んでいるような気がして、むしろその点を心配している。

 ほかのことに関しては、どちらかといえば温厚な人間であるその男が、犬の話となると、人が違ったみたいに凶暴なものの言い方をするようになるからだ。

 「相手は犬じゃないか」
 と言っても無駄だ。
 「狂犬の相手をする時に、こっちが紳士である必要はないだろ?」
 ぐらいな言葉が返ってくる。
 それは、まあ、そうかもしれない。

 でも、狂犬に立ち向かう時に、こっちが狂犬にならないと勝負にならないのだとしたら、狂犬でない人間は、一人も生き残ることができなくなってしまうのではないか?

 半月ほど前、海外メディアの翻訳記事だったと思うのだが、その中で、書き手が、トランプ大統領について「何をするかわからない人物」である点が、北朝鮮のような相手と交渉するうえでは、有利なカードとなるという分析をしている部分を読んで、ちょっとなるほどと思った。

 一理ある見方だと思う。

 つまり、金正恩のような「何をするかわからない人物」「自暴自棄になってタガの外れた行動に出るかもしれない相手」「通常の理性的な判断から外れた選択肢を選びかねない相手」と、対等なディールをするためには、「理性的」で「コスト&ベネフィット的」で、「ギブ・アンド・テイク」的な態度を見せているだけではダメで、こっち側も「交渉が決裂したら何をやらかすか見当のつかない」交渉相手であることを相手に思い知らせておかなければならないということだ。

 理屈としてはわからないでもない。
 軍事や外交の世界でなくても、われわれが暮らしている社会の中にも、
 「オレは、キレたら何をするかわからんでぇ」
 ぐらいなアピールで交渉を有利に持ち込むことで世間を渡っている人たちがいる。

 この種のメッセージは、目の前の椅子を叩き壊すとか、制御を失った音量と声質で喚き散らすといったマナーを通じて相手に伝えられる。

 これをやられると、マトモな人間は、ほとんど生理的な次元で交渉する気力を失う。そうやって、賃貸料や賠償金や売掛金を踏み倒すことで生き残っている人たちがいる、ということだ。
 具体的には、いわゆる「ヤクザ」と呼ばれている人たちだ。

 20年ほど前、その種の借り主との交渉を担当したことのある人物から話を聴いたことがある。
 大変に面白い話だった。