麻生さんを擁護するコメントは予測の範囲内のリアクションでもあるし、たいして気にはならなかった。

 私が失望したのは、
 「G7の他の国が白人国家だなんてことは常識だろ?」
 「日本が黄色人種の国じゃないなんてお話は、統計上の例外をとらえた強弁に過ぎないし、G7が人種的な枠組みじゃないなんていう決めつけもとんだカマトトっぷりのアテクシったらお上品発言だと思うが」
 「驚いたとかびっくりしたとか言ってる騒ぎ方自体が、型通りのリベサヨしぐさだわな」
 「なにを上品ぶってるんだか」
 「犬にうんこされてびっくりしてるマリーアントワネットじゃあるまいし」
 てな調子の、オダジマの偽善を指摘嘲笑指弾唾棄する主旨のリプライが少なくなかったことだ。

 これには参った。
 なぜなら、この種の反応が珍しくないことは、麻生さんの発言が、単なる時代遅れの老人の妄言ではなくて、現代日本の有力な時代精神であることを意味する事実であるわけで、つまるところ、おかしいのは、麻生発言にびっくりしている私の方だということを示唆しているからだ。

 思うに

 「21世紀になったからといって、世界が変わったわけではない」
 「実際、世界を動かしているのは相変わらず白人富裕国家と貧乏有色人種国家のエゴの綱引きじゃないか」
 「そんななかにあってひとり日本だけ名誉白人の地位を得ている現実に誇りを持つことのどこが恥ずかしいと言うんだ」

 的な現状認識をひたすらに「クール」だと思っている自称リアリストの目から見ると、オダジマが麻生発言にあきれてみせている態度そのものが

 「まあ、国家を人種で分類するなんて下品だわ」
 「みんなで手をつないで幸せになるのが外交ざましょ?」

 と言ってる上流夫人のサロン会話と選ぶところのないこっ恥ずかしい偽善であるわけで、結局、彼らからすると、麻生さんの言葉の雑さよりも、むしろ、理想を語る人間を嘲笑し倒す自分たちの仲間であったはずのオダジマが、似合いもしないお花畑人種融合ファンタジーを語ってみせていることの方が、ひたすら神経にさわるらしいのだ。

 いちいちここで抗弁はしない。

 彼らにいわせれば、麻生さんの言い分は、心ある日本人なら誰もが本当は心の奥底で思っているはずの魂の本音なのであって、その誰もが内心に抱いていながら口に出せずにいる民族的な真実を、恐れ気もなく言語化することのできる選ばれし人間である麻生さんは、勇気ある政治家ではあっても、断じて愚かな暴言家ではない、ってなことになるのだと思う。

 古い話をする。
 いまから50年以上以前、私が生まれてはじめて商業漫画誌を読み始めた頃、少年漫画雑誌のラインアップのうちのおよそ3割は戦記物で占められていた。

 総ルビで吹き出しの書かれた「0戦はやと(ぜろせんはやと)」や「紫電改のタカ」といった戦闘機乗りを主人公にしたマンガを熱心に読んでいる子供だった私が、そのまま軍国少年に育ったのかといえば、そういうことはなかった。とはいえ、日清日露の戦争に勝った日本がアジアの偉大な星であったといった程度の夜郎自大愛国回路は、当然のように身につけていた。

 というのも、昭和30年代の日本は、マンガと言わずテレビと言わず日本軍の勇ましさと悲壮さを賛美する血湧き肉躍るコンテンツだらけだったし、学校の教室や冠婚葬祭の酒席では、戦争帰りの世代が一番良い席を占めており、その世代の爺さんたちの中には、日本軍の偉大さを称揚してやまない軍国少年の成れの果てが普通に含まれていたからだ。