「我々」の中には、テニスの大坂なおみ選手やMLBのダルビッシュ有選手のような異国からやってきたルーツを持つ国民が含まれている。私の地元である東京の北区には、アメリカから帰化した日本文学研究の第一人者であるドナルド・キーン氏(漢字表記は「鬼怒鳴門」)が住んでいる。いずれも、普通の意味で言う「黄色人種」ではないが、まぎれもない日本人であり日本国民の一人だ。

 とすれば、「我々は有色人種だ」という言い方は、一部の日本人を排除するフレーズ以外のナニモノでもない。
 一般の人間ならいざしらず、政治家が公的な場所で告知して良い言葉ではない。

 日本がG7における唯一の有色人種メンバーでないのと同じように、G7のほかの国にしたところで、非有色人種の国であるわけではない。どこの国にもあらゆる人種・ないしは民族が暮らしている。

 というよりも、そもそも、G7は、人種的な概念ではない。あくまでも7つの国民国家による協働と話し合いの枠組みであり、申すまでもなく、各々の国の中にいるそれぞれの「国民」が、あらゆる「人種」を含んでいることがG7の前提になっている。

 さらに言えば、「有色人種」という用語自体が、21世紀の政治家が使う言葉としてはもはや不適格だろう。
 でなくても、この言葉を使う人間は、少なくとも現代の政治家としては尊敬されないはずだ。

 人種を「色」の有無で表現した「有色人種」という用語は、事実上、すでに無効化している。
 それどころか、最近では「民族」「人種」を3種類から10種類程度の限られた数で分類する考え方そのものが疑問視されはじめている。「ゲノム解析」「ヒトゲノム」「DNA」「人種」あたりのキーワードを入力して出てきた記事を読めば、20世紀までにわれわれが抱いていた「人種」という概念が、いかにあやふやで根拠の乏しいものであったのかがわかるはずだ。

 記事を読んですぐ、私はツイッター上に

《あまりにも愚かな発言。G7に参加しているのは、もはやどの国であれ「白人の」国家ではない。G7以外の国であっても、単一の人種や民族のためだけの国は事実上存在しない。わが国にしたところで「黄色人種の」国ではない。麻生さんの発言は名誉白人発言と言って良い。バカ過ぎる。》(こちら

《麻生さんのバカさは、「腹の立つバカさ」というよりは、「恥ずかしいバカさ」である点がポイントで、なんというのか、あの人の欠点は日本人ならある程度誰にでも身に覚えのある「わがことのような」愚かさと下品さを含んでいる。だから、責め立てていながらも、わが身をかえりみて恥ずかしくなる。》(こちら

《たとえば、自分の家族や親族が不始末をやらかした場合、腹が立つより先に恥ずかしさを感じるものだと思うのだが、私自身、麻生さんのバカ発言に触れる度に、毎度毎度、身も世もない恥ずかしさに苦しめられる。
同じ日本人であることのどうしようもない恥ずかしさ。 これは本当にこたえる。》(こちら)  

 という一連のツイートを書き込んだ。
 で、これらの書き込みに寄せられたリプライに、さきほど来、断続的にがっかりさせられている。

 冒頭の部分で、
 「麻生さん個人に、というよりは、自分を含めた日本人全般に対して失望に似た感情を抱きはじめている」
 と書いたのは、このことを指している。