記者は
 「ああ、これはとんでもない失言だ」
 と、現場で麻生さんの言葉を聴いて、衝撃を受けたはずだ。
 で、その衝撃があまりにも大きかったからこそ、論評を自粛したのだと思う。

 要するに
 「自分があれこれ解説したり補足したり論評したりするまでもなく、現実に盛岡の聴衆の目の前で吐き出されたこの言葉をそのまま正確に書き写せば、それだけで、この衝撃は必ずや全世界に伝わるはずだ」
 と考えたのだろう。

 それほど、記事はあっさりと書かれていて、すべての評価は読者に委ねられている。
 で、結局、記者の狙い(あるいは単に「怠慢」だったのかもしれないわけだが)は、当たっていたように思う。

 というのも、朝日新聞のようなメディアが、今回の麻生さんの演説のような典型的な失言を、例によってとがめる調子で記事化していたら、当今の風潮からして、逆効果を招いていた可能性が高いと思うからだ。

 実際、
「麻生氏の名誉白人発言は今後、各方面からの批判を浴びそうだ」
 てな調子の、「ほらみんなで批判しようぜ」語尾で記事を書いていたら
「また朝日が揚げ足取りの記事を書いてやがる」
「まったく、おそれいったフェイクメディア根性だ」
 みたいな反応がネット上にあふれたはずで、しかも、その種の一部の反応の影響力は、記事の読後感そのものよりも大きい力を発揮したかもしれない。 

 麻生さんは
「G7の国の中で、我々は唯一の有色人種であり、アジア人で出ているのは日本だけ」だと述べている。
 アタマの中の血管に、20世紀の半ば以降新しい血液が供給されていない人間でなければ、こういう発言は出てこないはずだ。
 それほど全方位的に常軌を逸している。

 あたりまえの話だが、21世紀の常識では、どこの国であれ、
 「黄色人種の国」
 であったり
 「白人の国」
 であったりはしない。

 世界中のあらゆる国は、多様な人々によって支えられている。
 当然だが、わが国も黄色人種だけが暮らしている場所ではない。
 とすれば、
 「我々はG7唯一の有色人種だ」
 という麻生さんのものの言い方は、前提からして完全に間違っている。

 なぜなら、「我々は」という複数の主語を選んだ瞬間に、それは単一の人種ではあり得ないからだ。