個人的な話をする。

 1986年の夏、私は、仲間と3人で経営していた会社で、『PC-9800シリーズソフトウェア年鑑』という400ページ超の書籍の執筆に明け暮れていた。

 当時の「PC-9800」(略称:キューハチ)というNECのパソコンを知っている読者には説明不要と思うが、ウィンドウズ登場以前の日本のパソコンは、ほぼこの機種一色に染め上げられていた。

 我々は、PC-9800で動くソフトをすべて掲載し、レビューしよう、という本を作ろうとしていたわけだが、それはつまり、日本で販売されている事実上すべてのソフトを借用し(とても買えない)、試用し、評価する、という企画であった。

 作業は、どんなに頑張って働いても、まったく終わらなかった。

 ソフトウェア借り出しの交渉、画面撮影の手配、実機調査とレビュー執筆とアルバイトの手配と連絡とアポ取りと叱責、苦情対応、ゲラチェック、図版作成、執筆、推敲、調整、評価基準の見直し、電話電話電話電話……仕事は朝目を覚ますとそこにあり、トイレから戻ると背後から襲いかかり、眠っている間も夢の中でのたうちまわり続けていた。

 結局、ひと夏どころか丸々3カ月を要してやっとのことで完成させたその書籍は、案の定、いきなり不良在庫になった。

 われわれの努力が足りなかったからではない。
 そもそもが、無茶な企画だったからだ。

 が、最初の2週間で無理な仕事であったことが判明したところで、動き出した泥船はせめて沈没する地点までは曳航せねばならない。

「まあ、乗りかかったタイタニックだ」

 などと陰気なジョークを飛ばしながら、われわれは、日に日に憔悴し、薄汚くなり、最後には針金みたいになった髪の毛を不気味がられながら、版元も、営業も、取材先も、書店も、読者も、執筆者も、誰一人幸せにならない呪われた企画を完遂し、見事に在庫の山を作った。

 「シン・ゴジラ」は、あの時の困難な仕事を思い出させる。

 徹夜は、全体として苦しい記憶であるには違いないのだが、それでも傷跡が消えた遠い未来から振り返るに、若かった時代の苦難の記憶には若干の甘美さが宿るわけで、してみると、ゴジラは、日本の逃げ場のないホモソーシャルの中でもがく男女が日々直面している問答無用の残業や屋上屋の会議に向けた臥薪嘗胆の調整の象徴で、その集団的不合理という不倶戴天の敵を倒すために、なぜなのか会議と残業を武器に戦う人々の悲しみの記録でもある。

 かつてNHKが放映していた「プロジェクトX」というドキュメンタリーがそうであったように、「チーム」(今回は「巨大不明生物特設災害対策本部」=「巨災対」)を主役に据えた日本の仕事の物語は、必ずや、徹夜仕事の理不尽と例外処理の地獄に着地することになっている。

 その点で、この映画の途中までの段階の感触は、「プロジェクトX」のそれに酷似している。

 しかしながら、「シン・ゴジラ」は、その“読後感”において、「プロジェクトX」とはずいぶん違った印象を残す。

 違いは、「プロジェクトX」が与えるカタルシスが、「成功体験から逆算して追想される苦難の記憶」であったのに対して、「シン・ゴジラ」のもたらす感慨がむしろ「不吉な予感」である点だ。

 もちろん、異論は認める。
 あの映画を「プロジェクトX」と同じ感覚で最後まで見た人もきっとたくさんいるはずだ。